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そして、その春の日。私はジルトラール学園へと入学をした。
今まで領地から出してもらうことがほとんどなかった私は、これだけの数の貴族の子息子女を見るのははじめてだった。緊張していた。
仲良くできる人ができるだろうか。わからない。それに私がナザント公爵家というこの国でも屈指の権力を持つ貴族の娘であるからもあるだろうけれどちらちらと視線を向けられていて居心地が悪い。
こちらに視線を向けている生徒たちは、私と目が合うとさっと視線をそらす。私が恐ろしいのかもしれない。それはそうだろう、この学園では貴族ばかりが通うのもあって身分さというものは少なからず関係しているのだ。私の一言で、誰かが破滅に追いやられる可能性だってないわけではない。
そう、クラウンド先生も言っていた。
ああ、もうクラウンド先生との授業も定期的に受けることはない。ルサーナ、ムナ、ウェンは傍にいるけれども、ほかの子たちは別邸においている。ギルはどこにいるのだろうか、と視線をさまよわせる。
ギルも王都にある別邸からこちらに来ているはずだ。ギルの顔を見たかった。ギルの声を聞きたかった。だってギルの傍はひどく安心する。この動揺する気持ちをどうにかできるのではないか、とそんな風に期待してしまったからだ。
緊張してならなかった。はじめての場所、はじめての人々。事前情報もあって楽しみよりも不安の多い学園生活の始まり。
「エリザベス様」
人の目があるからか、現れたギルはそういって私に近づいてきた。
私とギルには身分さがあって、だからギルは人前では私を『様』付で呼ぶ。なんだかそれは少し違和感があって、嫌な気持ちになる。
「おはよう、ギル」
「おはよう、エリー」
だけど、近づいてきたギルは私にだけ聞こえるような小さな声で、挨拶を返してくれる。いつものように笑ってくれる。
それを見ただけで緊張でいっぱいだった私の心がどれだけ安心できたか、どれだけ心が満たされたか、それをギルは知らないだろう。
ギルと並んで入学式のある講堂へと向かう。不安は沢山あるけれど、これから中等部高等部と合わせて六年間も学園生活を送らなければならないのだ。最初から怖気づくわけにはいかない。
講堂は全校生徒が入れるほどに、広々としている。天井は高く、美しいシャンデリアが輝いている。椅子に腰かける。講堂に設置されている椅子も、ここが貴族たちが通う学園だからもあるだろうが、それはもうすわり心地が良いものだった。
付き人たちは椅子に座ることもなく、少し離れた場所で立ち控えている。
しばらくして入学式ははじまった。学園長であるアサドラ・カサッド様は、王位継承権を放棄している王弟である。国王陛下の弟君だ。大変優秀な方で、この学園の学園長を務めているという。壇上で挨拶をしている。
アサドラ様を見つめながら私は考える。今年から学園には第一王子から第三王子までの三人の王子が在学することになる。
第一王子殿下で王太子であるイリヤ様は、ジルトラール学園の高等部の三年生だ。
第二皇子殿下であるヒロサ様は、
『生徒会長を務めているヒロサ・カサッドだ。本日は―――』
中等部三年で、中等部の生徒会長を務めており、アサドラ様に続き壇上であいさつをしている。
そして第三王子であるナグナ様は、私と同じように中等部一年生としてここに入学している。ちらりと右側へと視線を向ける。大分離れたところに、ナグナ様の姿が見える。ナグナ様はこちらを睨みつけている。それを見て思わず溜息がこぼれそうになるけれど、それを我慢する。
ナグナ様は堂々と感情をあらわにしていらっしゃっているけれど、正直私やナグナ様のような地位の子供は注目される対象である。あまりこんなに人が大勢いる場所で感情をあらわにするべきではない。そんな風にクラウンド先生も教えてくれたから。
今だって私やナグナ様は視線を向けられている。私が公爵家の娘だから、ナグナ様が第三王子だから。
権力者たちの中でも、権力を持つ家のものだから。
一つ一つの動作を見られている。私がナザント公爵家の娘として相応しいかどうか見ている。見られている。
それに居心地が悪いけれど、私は胸を張って前を見ていた。周りからの視線を気にしないという風に、ただ壇上を見ていた。
堂々としていることも重要だ。最初からおどおどなんてしていたら嘗められる。
クラウンド先生もできているといってくれた。学園に入るために必要なものもすべてタリア様が教えてくれた。お父様だって頑張れって背中を押してくれた。ウッカの事は守ってくれると、そんな風に告げてくれた。
学園は人によってはある意味戦場だ。
私はナザント公爵家を継ぐ者として、うまく立ち回る必要がある。
頑張ろう、と私は決意するのであった。
そして入学式が終われば、クラスへと向かった。
そこには、王城に行った時にナグナ様の隣にいたフロンス公爵家の子息がいた。ナグナ様とは別のクラスだった。ギルもいない。
私やフロンス公爵家の子息には、すぐにほかの生徒たちが飛びついてきた。私の周りに集まる令嬢たちを見る。煌びやかな見目を持ち、いかにも貴族の令嬢と言えるクラスメイトたち。彼女たちは『エリザベス・ナザント』ではなく『ナザント公爵家長女』を目当てで私に話しかけている。私がナザント公爵家だからこそ、こうやって私の周りに集まり、私をもてはやすことは一目瞭然だった。例えば、私がもっと身分の低い存在であったならば、彼女たちはこんな態度はしなかっただろう。
うまく立ち回るためにも、私は彼女たちを信用はせずにただ傍に置いておくことにはした。ここで突き放すよりも取り巻きと呼ばれる存在を作っておくほうが後々にやりやすいものもあるのだろうと思えたからだ。
そして「そうですわねぇ」などと相槌を売ったり、私の周りに集まる令嬢たちに和やかに笑う私をアシュイ・フロンスは観察しているように見ていたことには気づいていたけれど、気づかないふりをするのであった。
そうして、私の学園生活は始まった。




