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季節は夏に突入した。
温かい日差しが外から舞い込んでいる。私はクラウンド先生とルサーナたちを連れて町へと顔を出していた。
来年からは学園に通い、そうやって領内を見て回ることも難しくなるのだ。寮に入らねばいかないためナザント領にはあまりかえってこなくなる。だからこそ、私は今のうちに町の知り合いたちと会うこともできなくなる。
それは悲しいと思う。折角仲良くなった町の人たち。私が普通の平民ではないって感づいているだろうに、それでも私を普通の子供として扱ってくれる優しい人たち。
とっても大好きな人たち。
優しくてあたたかくて、いずれ私が守りたいと願っている町の人々。
「エリー、嬉しそうです」
町へ顔を出すときはルサーナは私の事を『エリー』と呼ぶ。エリザベスとは呼ばない。それはともに来ているサリーとカートラもそうであった。
「ええ、嬉しいわ。ただのエリーとしてのんびりできるのは息抜きになるもの」
それは心からの本心だった。私には常に『ナザント公爵家次期当主』という肩書が付きまとう。学園に入れば私は余計に、ただのエリーという少女ではなく、エリザベス・ナザントとして生きていかなければならない。息抜きする暇さえないかもしれない。
お母様を殺す事を依頼し、ウッカに毒を盛ろうとした貴族は証拠がないからという理由で今のところ罰を受けていない。証拠が見つからないほど、巧妙にそれは行われた。
正確にはそれはわからないけれど、私はお父様からその貴族の名は聞いていないけれど、多分学園に入る前には教えてもらえると思う。学園にはその家の子供がいるみたいだから。
それを思うと、逃げ出したくなるほど恐ろしくもなる。けど、逃げはしない。私はエリザベス・ナザント。ナザント公爵家の娘なのだから。
「―――今日は、遊ぶわよ」
今日は息抜きと町の様子をきちんと把握する意味を込めて、遊ぶ。
ただのエリーとして町に溶け込んでいれば、領主の娘が近くにいるとも知らない馬鹿な大人が尻尾を出すかもしれないのだから。
本当は実家のある町だけではなくて、ナザント領に存在するほかの町や村にも行きたいんだけどそれはお父様が流石に許してくれない。
今日は、来年からはほとんど、ううん、全然こちらに顔を出せなくなることを先に言っておこう。学園に入学するまでの間、何度町へ顔を出せるか正直さだかではないのだから。
そんな思いで、私は町を歩く。
沢山の人たちに話しかけられる。それは私がこの二年ぐらいで、『ヘラルータ』の準備に参加したりして仲良くなった領民たち。
「エリー」
「エリー、久しぶり」
そういう親しみを込めた声を聞いてなんだか胸が温かくなる。
仲良くなったからこそ、こうして笑いかけてくれる。屋敷にこもっているだけじゃわからないものが、実際に町に出てみると様々に見えてくる。
自分の足で歩き、自分の目で見る。って重要なことだってクラウンド先生が教えてくれた。私は良い教師に恵まれている。
それもお父様が、私の学びたいって気持ちを理解してくれてクラウンド先生を呼んでくれたからだ。
私は本当に沢山の人に支えられ、沢山の人に助けられて生きている。その事実を実感する。
貴族は領民たちによって生かされている。領民たちがいなければ、貴族は成り立たない。それをクラウンド先生に学ばされたから、良い領主になりたいと思う。
なるべく多くの領民が幸せになる道を選びたいと思う。私に笑いかけてくれる優しい人たちの笑顔を継続させていたいと願う。
「私、来年からはあまり町にこれなくなるの」
私は、シュマに会ってそういった。シュマは私とルサーナがはじめてクラウンド先生と一緒に町にやってきたとき、真っ先に友達になった少年だ。二年前に比べて背が伸びて、少しずつ男らしくなっている。
これからますますシュマの背は伸びるだろう。次にあった時には驚くほどになっているかもしれない。今は、私と変わらないぐらいだけど。
「そうなのか? ほかの皆も?」
「ええ、そうね。これないでしょうね」
そういったとき、シュマはそれはもう悲しそうな顔をした。私がこれなくなるのは確実であるし、私の奴隷である彼らも本当に必要な時以外来なくなるだろう。
なんだか友達に悲しそうな顔をされると、こちらまで悲しくなる。
そういう顔は、あまりしてほしくない。だけど学園に入ることは決定事項だ。
「時々なら顔を出すわ。これたらだけど。だからその時は、また仲良くしてね」
「ああ、もちろん」
今よりもずっと時々しか会えないだろう。そして私が当主になれば平民と友達として接することはできなくなるだろう。でもナザント家はお父様が健全である限り、私に当主は回ってこないだろう。私が当主になるのは、少なくとも学園を卒業して、私が独り立ちできるとお父様に認められてからだ。
だから、それまでの間、友達として生きられればいい。ただのエリーとして、この場にあれればいいと私はそう思った。
それからタリネさんとか、ほかの友人知人たちに挨拶をした。これからあまりこれなくなると。残念そうな顔をした人たち。彼らに、また来ますと、どれだけ回数が少なくなろうともまた町に来るからってそういった。
私は、この町の人たちが大好きだ。




