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『魔女』の一族クラリ
―――私は権力者というものが嫌いだった。
なぜなら、私たち一族は権力者によって利用され、権力者によって追われてしまったから。
ただ、薬の知識を持っていただけだった。薬を扱うことができるということは、毒をも扱えるという事に繋がった、ただそれだけだった。
大ババ様は困っている人を助けたかっただけだった。だというのに、私たちの発言力が強くなったこそを恐れた権力者が、私たちを『魔女』と呼び、排除しようとしたのだ。
国を追われた。
居場所が失われた。
『魔女』の一族だと悪評がばらまかれ、私たちを受け入れるものがいなくなっていた。
これから大ババ様の導きの元、ひっそりと隠れて生きていくのだろうなと思っていた。
だけど、そんな私たち『魔女』の一族の前にあの子は現れた。
「ええ。まずは自己紹介をしましょう。私はエリザベス・ナザント。このカサッド王国の重臣であるライドラ・ナザント公爵の長女ですわ」
はじめて会った時、その少女はそういって優雅に自己紹介をした。血のように赤い髪と、つりあがった目を持つ我儘そうに見える少女。
貴族だという事に、警戒した私と妹のムナに少女は取引を持ちかけてきた。そしてその取引に応じて私たち『魔女』の一族は、ナザント公爵家の下についた。
私たちを何に使う気なのかよくわからなかった。けれど、大ババ様はその話を聞いて『その話を飲もうかの』とそういった。一種の賭けであったと思う。
なぜなら、エリザベス・ナザントと名乗ったその少女が言っていることは本当かもわからない。そして交渉に応じたとして彼女がどういう風に私たちを使う気なのかは甚だ謎で、もしかしたら毒殺に使われるのかもしれなかったから。
だけれども、居場所を作りたかったというのも私たち一族にとっての思いであり、その手を私たちは取った。
交渉に応じた私たちに待っていたのは、穏やかな生活だった。移住区を与えられ、一族全員で笑いあえる生活だった。
そんな中で、エリザベス様がやってきた。やってきてお願いを告げられた。
――――私と私の妹の毒味役として二人ほど傍に居てほしいの。誰かよこしてほしいわ。
―――私に薬や毒について教えてほしいの。これから役に立つかもしれないから。
と、そんなお願いを。
従わないならわかっているわよね? と脅しかける姿は、どこまでも悪役のようだった。だけど言い放ったお願いは非道なものではない。
そして私と妹のムナはエリザベス様とその妹君であられるウッカ様の毒見係として傍に行くことになった。
その際真っ先に学ばされたのは、侍女としての教育であった。正直、そういう教育は今までしたことがなかったから色々と大変だった。ナザント家で侍女としての教育を受けているうちに知ったのだが、エリザベス様は奴隷を所持していた。何が目的かわからないが、奴隷に様々なものを学ばせていた。
そしてエリザベス様本人は、奴隷たちよりも一心にひたすら勉強をしていた。自分の事をひたむきに磨き、休む暇もないといった状況のように見えた。どこか焦っているようにさえも感じられた。
そんなエリザベス様の事が正直私にはよくわからなかった。
一番よくわからなかったのは、侍女としてある程度働けるほどになった時、エリザベス様にムナと仲の悪いふりをしろと言われたことだ。
その理由を問えば、なぜか妹に嫌われるようにエリザベス様はふるまっているらしい。
「それでね、姉妹を別々に私とウッカの側においているのを知ったらウッカがどうしてって疑問に思うかもしれないでしょう? 私が嫌われるように仕向けているとかそういうのがウッカに悟られるのは困るのよ。貴方たち二人が口も聞かないほど仲が悪いってことにしてほしいの。もし、姉妹だってばれたらの話だけれども」
そんな風に笑うエリザベス様を私はやっぱり理解できなかった。
エリザベス様は、妹であるウッカ様を大切に思っているだろう。いや、むしろ大切に思っていなければわざわざ毒見役を傍に置こうとは思わないだろう。
毒見役を置こうとしているということは、その存在を大切に思い、毒で体を害してほしくないからだろう。それほどに大切な存在になぜ嫌われるようにふるまうのか。
私は姉で、妹のムナを大切に思っている。大切だから仲良くしていきたいし、嫌われたくないと思っている。大切だというのならばどうして嫌われるそぶりを行うのだろうか。
わからなかった。わからなかったけれども、私はとりあえずエリザベス様の命令に従った。
そして私はウッカ様の傍に、ムナはエリザベス様の傍につくことになった。
ウッカ様は、とても無邪気でかわいらしい方だった。エリザベス様より三歳ほど年下らしい彼女は、守りたくなるような子で、私はこの子に毒なんて物騒なものが盛られることがないようにしようと決意した。だって可愛いのだから。
ウッカ様はまだ小さいのに一生懸命貴族として勉強をしていた。なんでも「お姉様に馬鹿にされたくないの! お姉様を見返してやるの」っていっていた。エリザベス様はあんなに大切に思っているとした感じだったのに、そういう事を言っていたらしい。
でも、そのエリザベス様の言動でウッカ様がやる気を出しているというのならばウッカ様のためになることをエリザベス様はいっていると結果的にいえるだろう。
「お姉様に昔の優しいお姉様に戻すのだ」ってそういって笑っていたウッカ様。昔はウッカ様のことをちゃんと可愛がっていたらしい。なら、何かがあって、今のように嫌われるように仕向けたのだろう。
気になってウッカさまに聞いた。ウッカ様は割と簡単に話してくれた。正直少しウッカ様は人を信用し過ぎていて、貴族の令嬢としては心配になった。
なんでも、エリザベス様がああなったのはエリザベス様とウッカ様の母親が死んでしまったかららしい。そこで何かがあって、エリザベス様はああなったのだろう。
”私の手足になりなさい”と交渉を持ちかけてきたエリザベス様の真意はわからない。わからないけれど、大ババ様は一生懸命で、前を向いているエリザベス様の事を気に入っていて、この方なら大丈夫と笑っていた。
だから私もエリザベス様を信頼する。何が目的かわからなくても、私の信頼し、尊敬する大ババ様がエリザベス様を大丈夫だというのだから、大丈夫なのだ。
それにエリザベス様が妹であるウッカ様を守りたいと願っているのは本心からの事だって思うから。私も姉だから守りたい気持ちわかるから、その協力をするのは別に惜しまない。
最も毒殺とかを示唆されたらどうしようとは思っているけれども。
そういう風に過ごしている中で、月日は過ぎていく。
エリザベス様が、十二歳になった。来年から貴族たちの学園に通うからってばたばたしているんだってムナから聞いた。
ウッカ様はエリザベス様に会えなくて、どこかさびしそうだった。お姉様は変わった、お姉様を昔のように戻したいってそんな風にいっているウッカ様はなんだかんだでエリザベス様のことを嫌いにはなりきれないのだと思う。
寧ろ大切に思っているからこそ、エリザベス様に会えないことはさびしいのだと思う。たとえ、キツイ言葉しかかけられなかったとしても。
やっぱり、エリザベス様はわからない。わからないけど、ウッカ様は守りたい対象で、エリザベス様も悪い人ではないと思う。だから私は毒見係の仕事を立派にこなしてみせると誓うのだ。




