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 「お久しぶりですね。ガヴィア、エリザベス」

 目の前には、王妃殿下がいる。サンティーナ・カサッド様。

 優しげに微笑んでいる、金色の美しい髪を持つ女性。サンティーナ様の前に顔を出すのは久しぶりだった。

 この場にいるのはサンティーナ様と、サンティーナ様の侍女と護衛と、そして私たちだけだった。

 サンティーナ様の言葉に、お父様も私も礼を取る。

 「此度、私エリザベス・ナザントをおよびとの事でしたが、要件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「ええ、そうね」

 そう頷いたサンティーナ様は、侍女と護衛を一人のみ残して残りを部屋から追い出した。

 それから問いかける。

 「そちらにいる貴方の奴隷、あのガター伯爵家の元にいたのですよね?」

 「はい。そうですわ」

 事前にウェンにはそのことを聞かれるかもしれない、とは言ってあった。だけどちらりと横目に見たウェンの顔は、やっぱり動揺していた。

 ああ、やっぱり。

 どうしようもないほど、ガター伯爵家というのはどこまでもウェンにトラウマを植え付け、ウェンの心を壊した存在だったのだろう。

 お父様に守られ、ナザント公爵家の長女として、豊かな生活しか知らない私。

 そんな私がウェンの気持ちをわかるよ、なんて言ってはいけない。だって実際にそういうことを経験したわけではないから。

 ただ、想像するだけでもそれは恐ろしいと思う。まだ子供で、親の庇護下にあってもおかしくないような次期に、自分の親ほどの年の人に組み敷かれる事を考えるだけで。ウェンはそれを強要され、度重なるそれに心を壊していたのだ。

 「―――サンティーナ様、もう既にこの私の奴隷がガター伯爵家でどういう状況にあったのかは調べはついているのですよね? でしたらそちらの調べが正しいかどうかは、私が答えますわ。ですので、よろしければその調査書を見せていただけないでしょうか」

 ウェンは平気なふりをしていても、ガター伯爵家の事を語りたくないはずだ。ウェンは私の奴隷だ。奴隷というのは、主人の所有物だ。ならば、私は私の所有物が苦しい思いをするのは嫌だった。

 王族の情報網をなめてはいけない。ウェンがどういう状況にあったのか、ある程度の情報は持っているはずだ。ただ、本人に確認したかったという話だろう。

 私の言葉に、サンティーナ様は何とも言えない顔をした。

 「……エリーが見るにはまだはやいわ」

 「いえ、大丈夫ですわ。私はこの子の所有者として、この子がどういう状況にあったかはきちんと把握しておりますもの。そもそもサンティーナ様、この子を引き取るためにガター伯爵家に交渉に行ったのは私ですわ」

 サンティーナ様は、お母様と仲が良かった。そもそも、私とナグナ様が婚約者になったのだって、サンティーナ様とお母様が仲良しだったからなのだ。だから、お母様の娘である私がそういう貴族の汚い場面を知ることに心を痛めているのかもしれない。

 でも、私はもう知っている。

 お母様が目の前で殺された時、私は何も知らなかった、守られていただけだったってことが分かったから。

 王族貴族の世界が華やかなだけでは決してない事も、私の命にはそれだけの価値があるってことも。わかってしまった。知りたいと願っていたわけではないけれども、知ってしまったのだから知らないふりはもうできない。

 知ったからこそ、大切なものをもう失いたくなくて、そのために私は前へと進んでいる―――つもりだ。ちゃんと私が思い描く未来に向かって、進めているのかわからないけれども、それでも、何もしないよりもましだ。

 そして奴隷を育て上げているのも私の意志。ウェンの事を引き取ったのも、きちんとガター伯爵家夫人がどのような行為をしていたか知ったうえで、交渉を持ちかけたのだ。だから、調査書を見るぐらい何ともない。

 サンティーナ様が、お父様の方を見る。後ろに立つお父様がどういう表情をして、どのような態度をしたのかわからないけれども、その後に私を見るサンティーナ様の表情は、仕方がないなとでもいうようなそんな笑みだった。そこには悪意はない。ただ、私の身を思っての笑みがそこにはあった。

 お母様がなくなる前、訪れた時だってサンティーナ様は私を可愛がってくれた。未だってお母様とばあやの代わりにとでもいうように心配してくれている。

 ナグナ様のように変わってしまうものもあるけれども、変わらないものもあると、それを実感して安心した。

 「そう、調査書はこれよ」

 サンティーナ様はそういって、一枚の紙を見せてくれた。そこに書いてあったのは、私が知っているのと変わらないウェンの情報だった。私はそれに「何も間違いはありませんわ」と答えた。

 ウェンの話がひと段落したら、私は大ババ様の事をサンティーナ様に紹介をした。

 「サンティーナ様、こちらがナザント領に迎え入れた『魔女』の一族を率いる方ですわ。紹介しておこうと思いまして」

 「ガヴィアから聞いているわ。そう、この方が『魔女』の一族の方なのね」

 サンティーナ様は、にこやかにほほ笑みかけた。大ババ様はそれに一礼をして、挨拶をする。

 お父様が報告をして、許可を得て、領地に住まわすことになっているけれども、こうしてきちんと挨拶をしてこそ、『魔女』の一族がこの国の庇護下にあるという証になる。

 危険はないという証明を、示さなければならない。きちんとナザント公爵家が『魔女』の一族を制御できていることを、『魔女』が服従していることを、証明しておかなければならない。危険な一族として排除されることがないように。

 そして、それは受け入れられた。もともと最初から話は通してあったし、我がナザント公爵家が『魔女』の一族を手元に置いていようとも王家に牙をむくことはないという信頼があったから簡単に受け入れられたのだとは思う。




 そうしてその後はサンティーナ様と後から公務を終えてやってきた国王陛下――イサート様と会話を交わして、私たちは王城から辞したのであった。





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