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王城へと顔を出すのは久しぶりの事だった。
私はお父様に手をひかれながら王城を歩く。後ろからはウェンとルサーナ、そして王妃様に紹介をしようと思って、大ババ様にも来てもらった。
お父様から『魔女』の一族を保護することは王家に伝えられているけれども、直接的に連れて行くことはしていなかったからだ。
大ババ様は、王城に向かうことに良い顔はしていなかった。権力者たちとかかわったが故に、利用され、迫害されたのだからそれも仕方がないことだった。
「―――私は、あなたたちを裏切らない。こんな小娘のいう事信じられないかもしれないけれども、それは私の本心よ」って、大ババ様に私はそういった。私の、なんの根拠もない言葉を大ババ様は聞いてくれた。
お母様が死んでから、訪れることがなくなった王城に顔を出して、私が考えていたのは王妃様との謁見についてだ。
何を聞かれるために私は呼び出されたのか、王妃様が優しい人だとは知っている、けれどもあの方はこの国の国母であり、決してやさしいだけの人ではないはずだ。
そもそも優しいだけの人ならば、王妃なんて地位で平然と過ごしていられない。
お母様と仲が良かった人。久しぶりだからなんだか緊張していた。
「エリザベス!」
そんな私の耳に、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
そちらに視線を向ける。そこにいたのは、ナグナ様だった。およそ一年ぶりに会うナグナ様の隣には一人の少年がいた。貴族だろう、茶色の髪を持つ少年はこちらをにらんでいる。
確か、フロンス公爵家の息子だったでしょうか。恐らく同じ年頃ということで、ナグナ様のご友人として共におられるのでしょう。
「これは、ナグナ様。お久しぶりです」
「お久しぶりですわ。ナグナ様、私に何か御用でしょうか?」
ナグナ様の姿を見て、礼を取るお父様に習って私も優雅に礼をして問いかける。ナグナ様の姿を見ながら、会うのも久しぶりだなと思った。それと同時に王城に顔を出すというのに、ナグナ様の事を一切考えていなかったことに驚いた。
ナグナ様は、私の婚約者。将来的に考えればどうなるか、正直わからないけれども。
「お前は何をたくらんでいる! 奴隷を集めて!」
「……何も企んでなどおりませんわ」
「ナグナ様、娘は貴方様が思うようなことは一切していませんよ」
なんだか言われた言葉に頭が痛くなった。お父様も何とも言えない顔で、ナグナ様に発言をしてくれた。
私は何故奴隷を集めているか、何を忙しそうにしているか、などといったそういうことは一切ナグナ様に告げていない。婚約者とはいえ、私とナグナ様は親しいわけではない。
誕生日パーティーの時に、ナグナ様に嫌われたと感じたその瞬間から近づくことを恐れていたこともある。それに、未だにお母様が目の前で命を散らした光景が、頭に焼き付いていて、私は王族という最も狙われるであろう存在に必要以上に近づくことも怖かったのだ。
ナグナ様とフロンス公爵家の子息は私の事を睨みつけている。
ウェンとルサーナはそんな二人を睨み返しそうなほどに、顔をこわばらせている。自分より目上の人にそういう態度はいけないと教育はしているから、実際にそれは行っていないけれども。
大ババ様は顔は笑っているけれども、どこか厳しい面立ちでナグナ様たちを見ている気がする。
「ウッカの言っていたことは本当なのだな」
ナグナ様はなぜかそんなことを言い出して、お父様の事もにらんでいる。
「ウッカが何か言ったのですか?」
「ナザント公爵はエリザベスのやることなすことには一切止めはしないと。同じ娘であるウッカの事は自由に外出することさえ許さぬというのに、エリザベスは自由に出入りできているのだろう? ウッカがかわいそうと思わないのか?」
お父様の言葉に、ナグナ様はなんかそんな文句を言い出した。ナグナ様はウッカと連絡を取り合っているらしい。
というか、ウッカが外に出る事をあまり許されていないのは自分が狙われている自覚がウッカにはないからだ。まだ幼いウッカにそういう危険性があることをお父様は告げたくなかったのだ。
もちろん、教育の中で貴族は狙われる可能性があるということぐらいウッカだってわかっているだろうけれども、頭でわかっていても実際に理解しているとは限らないものである。
そもそも、お父様は私にもそういう危なさを本当はもう少し大人になるまで教えたくなかったはずだ。ただ、私は目の前でお母様が殺される場面を見てしまって、そのために、どうしても理解せざるを得なかった。知らざるを得なかった。
目の前のナグナ様だって、王太子というわけではなく、教育は最低限のものなのだろう。
「ナグナ様、私とて自由に出入りができるわけではありませんわ。きちんと外出しなければならない理由があり、お父様に承諾してもらい外出しておりますの。ウッカのように遊びたいから外に出たいという我儘を言っているわけでもありませんわ。それよりも、ナグナ様はウッカと連絡を取り合っておりますの?」
わざとそういう言い方をした。ナグナ様とウッカが連絡を取り合っているというのならば、私のやっていることの真意を悟られ、ウッカに知らされたくはなかった。
それに、言葉の通り私は別に遊びで外出しているわけでもなく、実際は自由に出入りしているわけではない。
ナザント公爵家を継ぐものとして、学びたいことが沢山あり、そのために私は外に出ている。正直外に出ることは怖い。でも、怖くてもやりたいことは沢山ある。学ばなきゃならないことは沢山ある。
「ウッカが『お姉様がおかしい!』って手紙をよこしてきたのだ。エリザベスの行いに心を痛めているウッカに対してそのような言い方をするとは、エリザベスは変わったな。昔は―――」
「私は、何も変わっておりませんわ。それよりも、王妃殿下様に呼ばれておりますので私たちは失礼しますわ」
何だか言われる言葉が嫌で、遮った。
私は何も変わっていない。私の思いも何もかも。ウッカを大切だという気持ちは前にも増しているぐらいで。なのに、知ったような口を利かないでほしかった。なんだか、嫌だった。
後から無礼な行為をしてしまったかもしれないと落ち込んだ。
そしてこうした行為で、ナグナ様に益々嫌われたかもしれないとも思ったけれどもそれならばそれで別に良いとさえ思った。
そもそもの話、やることが沢山ある私にはナグナ様と親しくするという婚約者同士が行う当たり前の事もする暇はないのだから。