3
「エリー、側近にしたいっていうならちゃんとそういう子をじっくり選んで捜しなさい。有能な人材を烏合の衆から探し出すのも貴族としては重要な事だからね」
お父様と一緒に奴隷市までやってきた。お父様がこういう場にやってくる事は今までなかった事だったからか、奴隷商の人はとても張り切ってお父様に色々おすすめしていた。けど、お父様の次の言葉で私に媚びへつらうような態度で色々進めてきた。
「今日は、娘が奴隷を欲しがっているんだ」
その言葉にそのへらへらした奴隷商は私に見目の麗しい少年ばかりを勧め始めた。この人は私がそんな見た目だけにしか見えない者達を見て喜ぶと思っているのだろうか。そんな華奢で、剣とかも持てなさそうな奴隷なんていらない。私は私個人が使える人材が欲しくてきたんだ。お話相手がほしいわけではない。
「お嬢様はどんな外見の方が好みですか? お嬢様が望みそうな方をご紹介――」
「見目はどうでもいいですわ。麗しい方をみたいのだったらお父様の顔でも一日中眺めておけば済む事ですもの。私がほしいのはお話し相手でも遊び相手でもありませんわ。使える人材がほしいのですわ。見目はどうでもいいですから、戦闘面などで有能な方を、これから育てたら立派な戦士になれる方はいますか?」
私はへらへらと笑う奴隷商に向かってばっさりとそう言い放った。私の物言いがあまりにも子供らしくなかったのだろう。一瞬驚いた目をして、その後真顔になり了解しましたと告げる。
それから私はその奴隷商の案内されるままにお父様と一緒に進んだ。奴隷商が案内した先は、建物の奥の方にあった。薄暗いテントの中。何かが動く音がする。じゃらりとした音は、恐らく鎖の音。
見えたのは――、檻の中に閉じ込められた幼い少女。私よりも少し年下ぐらいの少女は美しい金色の髪をもっている。よっぽど此処から逃げ出そうと暴れたのだろう。鎖で繋がれた両手首から血が溢れ出していた。
力強い緑色の目。綺麗な少女だった。腕も足も折れそうなほどに細い。
顔だけ見れば何でこんなに厳重に閉じ込めている必要があるのかわからないぐらいだ。でも、頭上を見ればその理由はすぐにわかる。金色の髪の合間から、二つの耳が出ていた。そう、耳が。茶色の犬の耳――そう、少女は人間ではなかった。
人間に異種族と呼ばれる存在だった。
私がそういう存在を見たのははじめてだった。目が奪われた。驚いたのだ。
「……獣人の少女が、何故此処に」
お父様が険しい目をしていった。獣人と呼ばれる種族はあまりこの国では見られない。この国の周辺でも珍しいぐらいだ。彼らが住まうのはもっと東の方だと聞いた事がある。
何故、此処にいるのだろうか。もしかしたらクラウンド先生がいっていたようにさらわれて奴隷になったのだろうか。
「私もこの子を買ったのはつい一月ほど前でして、詳しくは知らないのですよ。なんせ言葉も通じないほどですからね。暴れるに暴れるので、鎖をつけているのですが、この様で……」
何処から来たかもわからない獣人の少女らしい。言葉も通じないという。少女はこちらをじっと睨んでいる。
「私の扱う奴隷の中で最もお嬢様の望む戦士になれるのはこれです。ただこれは言葉が通じませんし、暴れてはどうなるかわかりませんが……」
「……奴隷の腕輪はついているのよね?」
私は奴隷商の言葉にすぐに聞きました。奴隷の腕輪は、奴隷がいう事を聞かなかった場合に主人が自由に電撃を流す事の出来るという恐ろしいものです。奴隷をやめない限りそれを取る事は出来ないと聞きます。
この少女は自分の現状が理解できているかどうかも怪しい。言葉が通じない奴隷を躾けるのは大変だろう。でも、私はこの子がほしいと思った。
――だから、私はその少女を買った。
*
少女を家に連れてかえって、ナザント家の私兵の一番古株のリュトエントに見守られる中、私は少女と交流を図った。
少女は私を警戒しているのか、唸り声をあげていた。危険かもしれないけれど、家についてすぐに鎖はとってあげた。私は恐怖政治のようなものをこの子にしたいわけではない。
「貴方の名前はなんていうのかしら?」
と問いかけるけれど、少女はさっぱりこちらが何を言っているかわからないらしい。私はまず自分をさして、「エリザベス」と言い続けた。隣に立つリュトエントをさして、「リュトエント」と告げる。
何度も何度もそれをして、その後に少女をさせば、何を問われているかわかったらしい。少女は応えた。
「ルサーナ」
名前を聞き出せた事に、私は嬉しくなって何度もその名を呼べば、ルサーナは不思議そうな顔をしていた。
とりあえず最初の交流はそれだけだった。あとは、部屋を与えて、監視付きで自由にさせた。監視させていた騎士がいうには、ルサーナはこれからどうなるのだろうとよくわからなくて不安そうなのだという。
今日はどうしようもないのだ。言葉が通じないから。
逃げ出そうとしたのは流石に見過ごせないから電撃を流して気絶させた。その姿に心はいたんだけれど、優秀な人材を手にするためって目的でお父様が与えてくれたお金で買った子なのだ。その子を私情で可哀想と逃がすのは駄目だ。それにここで逃げてもこの子は奴隷のままだ。本当にこの子が側近として育ってくれるのならば、お金を出して、奴隷の腕輪をとって上げる事もできる。
ただちょっと誤算だったのが、可愛い私の天使に電撃を流した場面を見られたことだ。
「お姉様何やっているの……」って泣かれて困った。慰めたいけれど、こんな些細なことでウッカに優しくするようではこれからウッカに冷たくなんて出来ないと私は心を鬼にした。それにウッカに私が嫌われている方がこれからやりやすいのだ。
次の日に、クラウンド先生がやってきて助かった。クラウンド先生は獣人の言葉も理解しているそんな学者さんだったから。
クラウンド先生はしばらくずっとわたしとリュトエントを放置して、その子に声をかけていた。時折私の方を指さしたりしていたから説明をしてくれているんだと思う。
しばらくして話が終わったように見えたところで、私はクラウンド先生に話しかけた。
「クラウンド先生、お話は終わりましたか」
「うむ。終わった。この状況の説明は一通りした。それとエリザベス様が何を求めているかも。この子は奴隷という立場でありながら部屋を与えられたりしていたため、何事かと恐ろしくなっていたらしい」
どうやら逆に有待遇すぎて何が起こるか得体がしれなくて昨晩逃げようとしたらしかった。クラウンド先生がくるまで牢屋にでも閉じ込めておくべきだったのかしら…? 鎖付きで。でも奴隷なんてはじめてだから正直どうしたらいいかわからなかった。これからそういう扱いもちゃんと学ばなきゃ。
「クラウンド先生、訳お願いします」
私はそういって、ルサーナに貴族の令嬢としてふさわしいように礼儀正しくお辞儀をして告げる。
「私はエリザベス・ナザント。貴方の主人になりますわ。ルサーナ、よろしくお願いしますわ」
まずは、自己紹介から。自己紹介は大事だもの。
「私は私だけの兵がほしい。だから、貴方にはこれからリュトエントに剣術を習ってもらいます。他にも戦い方を。様々な場合対応できるように。それとこちらの言葉、こちらの文化など教えるから覚えてください。きちんとそれらを学んでくださるなら自由に過ごしてくださって構いません。ほしいもの、やりたいものがあるならばできる限りやらせるようにしましょう」
そういってにっこり笑う。これは飴の部分。
「でも、使えないと判断したならば私は貴方をもう一度売り払うなり、処分するなりするでしょう。私も折角買った奴隷をそのようにはしたくないのです。ですから、せいぜい私に捨てられないように頑張ってくださいませ」
飴ばかり与えてもいけないから、私はそういって微笑んだ。
処分とかそういうの怖いからしたくないから、本当私にとって使える人材に育って欲しいと心から思う。本当にこの子が私のしたについてくれるならば、奴隷の腕輪だってとってあげられる。とって上げたいと思う。でもただで取るのは何か違う。優しさを振りまきすぎても問題なの。優しさを与え続けるのは何か違うから。
「……それと、昨夜のように逃げようとするのは許しませんわ。貴方は私が買ったのです。よって私の所有物です。きちんと私の言う事を聞いてくださるのなら悪いようにはしませんわ。でも、きちんと言う事を聞いてくださらないのでしたら貴方を罰しますわ」
それが、私がルサーナにきちんと理解してもらいたかったこと。本当に問題のある行動をしないのならば、ちゃんと言う事を聞いてくださるのならば、悪いようにはしない。ルサーナが私の言う事をきちんと理解してくれる子だったらいいな。そうだったらルサーナを罰さなくて済むから。
私の言葉を訳したクラウンド先生の言葉に、ルサーナは頷いた。
奴隷の獣人ルサーナとの生活がそれから始まった。