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冬が過ぎた。春が巡ってくる。
少しずつ、本当に少しずつだけど、奴隷たちと孤児院の子たちの教育が進んでいる。来年からは、学園に通う必要がある。
ジルトラール学園は、由緒正しき貴族の子息子女の通う学園である。13歳から18歳までの六年間。13歳から15歳までが中等部、16歳から18歳までが高等部である。学園は王都にあるから、学園に通う生徒たちは寮に入るか、王都にある別邸から通うかが主である。王都に近い領地の貴族の子息子女は実家から通う事もあるが、それが前者がほとんどだ。
ナザント領と王都はそれなりの距離があるから、私は別邸から通う事になる。その間ウッカの側を三年も離れなければならない。正直心配でたまらない。家からほとんど出ることのないウッカであるから、あまり危険はないと思いたいけれども……。
それに学園に通う準備もしなければならない。学園には沢山の生徒がやってくる。
その中にはナザント公爵家をよく思わない人々もいる。どういう因縁をつけられるかもわからない。そして将来のためにもそれなりに人付き合いをする必要もある。
学園生活を思うと不安の方が大きい。
「エリザベス様、大丈夫ですか?」
そうポトフが問いかけてくる。思わず色々考えて不安な顔を作ってしまっていたらしい。もっと表情を外に出さないようにしなければならないと思うけれども、付き合いの長くなってきた奴隷たちの前では少し気を抜いてしまう。
まだまだ、私は甘い。もっと、気を引き締めていかなければ。
「大丈夫よ」
安心させるようににっこりと笑うけれど、問いかけてきたポトフもその場にいたサリーも心配そうにこちらを見て居る。
学園に入学するまでに、実家でやるべきことを整理して出来る限りの事をやっておかなければならない。孤児院からこの家に来ている四人の子供たちについても、どうすべきかも。この実家で引き続き教育をするのか、別邸まで連れて行って教育をするのか。
そもそも別邸に連れて行くメンバーについても考えるべきであるし、私が学園に通っている間に何か起こる事がないような体制を整えることも必要だ。
お父様が実家の方はきちんとしてくれるだろうけれども、お母様は信頼していた味方だったはずの男に牙をむかれて死んだのだ。それを考えると信頼関係って難しい。
奴隷たちに関しても現状私のいう事をきちんと聞いてくれているし、信頼関係は築けていると思う。裏切らないように教育はしてある。だけど、この世に絶対はないのだから色々と考えなければならない事は本当に多い。
私のウッカが、危険な目に合う事がないように。
そのためには私は学園生活をうまくこなす必要もある。お父様もジルトラール学園に通っていたはずだが、男と女では勝手が違うはずだ。
そんな思考に陥った私は、
「……ギルの実家へ行きましょう」
お母様の友人であるギルの母親―――タリア様の元へと向かう事を決めた。
ギルの家へと手紙を書く。そしてそれを届けさせればすぐに返信は来た。
サグラ伯爵領はナザント公爵領のすぐ隣に存在する。行き来するのにはそんなに時間はかからない。だからこそ、ギルは度々私の家へと来るし、私もお母様が生きていたころは何度も何度もサグラ伯爵領へと足を運んでいた。
そこを訪れるのは久しぶりだった。最後に来たのは、お母様と一緒にだった。
お母様と共に、遊びに来た。そしてタリア様とお母様と私とギルで笑い合った。それは、もう二度と訪れることのない光景。
ガタンッガタンッと揺れる馬車の中、私は昔を思っていた。
お母様が生きていたら―――と、今の自分と比較する。恐らくお母様が生きていたら、あんな事にならなければ私は”現在”が変わるなんて、思いもせずに、危機感も持たずに生きていたと思う。
今、こうして同じ馬車の中で揺られているルサーナ、ポトフ、ウェン、カートラ、ムナとも出会う事がなかっただろう。
「どうしました、エリザベス様。浮かない顔しています」
「少し、昔を思い出してただけよ」
ルサーナの言葉に安心させるように、微笑む。
本当に昔を思い出していただけ。お母様の事はどうしても、過去にお母様と訪れた場所に行くと思うと思い出さずにはいられない。
あの頃、私の側にルサーナ達が居たら、訓練を付けた彼らが居たら、お母様の事守れたのかなって。考えても仕方のない過程が頭の中を巡ってしまう。思わず頭を振る。
――過去は、変えられない。考えても仕方がないこと。
それよりも考えなければならない事は未来の事、私の可愛い、守らなければならないウッカの事。
「今回向かうのはギル様の元へですよね? 何をしにいくのですか?」
ポトフが問いかけてきたので、私は答える。
「来年から通う事になるジルトラール学園について、ギルのお母様に聞きに行くのよ。……ウッカのためにも、私はそこでうまくやらなければならないわ」
私の答えに、ポトフが何とも言えない表情を浮かべていたけれども、私はその表情の意味を聞かなかった。
そしてそうやって会話を交わしているうちに、サグラ伯爵邸に到着した。




