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『魔女』――――その単語を聞いて良い想像をする者はいないといえる。
その単語の意味としては、私が知っている限り二つの意味がある。一つは遥か昔に存在し、今は失われている魔法と呼ばれる超次元な技術を用いる恐ろしい存在。二つは怪しげな実験を繰り返し、毒を用いて人々を死に追いやる疫病神。
私が手に入れた情報の、『魔女』の一族は後者だった。
その『魔女』の一族がこの国に入国しているという。それも人知れずに、こっそりと。国境はあるけれども、国境を超える事は難しい事ではない。警備兵も万能ではなく、そういう存在が領地に少なからず入るのは仕方がないことといえば仕方がない事だ。
『魔女』の一族は、隣国から逃げてきた一族であるという。ハルサー王国で不吉の名で呼び、さげすまれ、迫害されている一族。
本当に恐ろしい存在なのかもしれない。だけれども、実際に会ってみなければ彼らがどういう存在なのかなんてわかるはずもない。
私は自分の目で見たものしか信じない。信じたくない。何が真実か何が嘘か、きちんと見極める必要がある。
お父様にそのことを言ったらリュトエントさんを含むお父様が信頼できる兵士たちを連れていくならと許可を出してくれた。
危険を顧みて、何も行動しなければ何も変わらない。私はこれからのためにも毒に詳しい人材が欲しい。だからこそ、『魔女』の一族を味方につけたい。迫害されているという事は、受け入れられる先を探しているという事でもあるだろう。
ならば、交渉の余地はあると私は思う。
うまくいくか、なんて正直分からない。私は未熟だ。まだ子供で、ナザント公爵家の令嬢として相応しく生きようと思っているけれど、うまくできているかどうかは手探りな状態で分からない。それでも、前に進み続けたい。
―――リュトエントさんに『魔女』の一族に接触して貰って、私は邂逅の場を設けた。
あちらも警戒しているのだろう。その場に来たのは、まだ若い二人の少女であった。
交渉相手が私のような少女であったことに、二人の少女たちは驚いていた。
「貴方のような子供が、私たちに用事があるの?」
警戒したように口を開いたのは、私と同じ赤い髪を持つ一人の少女だった。彼女は訝しげにその口をとがらせている。私を見る目は何処か胡散臭いものを見る目だ。
「ええ。まずは自己紹介をしましょう。私はエリザベス・ナザント。このカサッド王国の重臣であるガヴィア・ナザント公爵の長女ですわ」
にこやかに微笑んで、自分の存在を明かす。『魔女』の人々に警戒され、交渉が上手くいかないのは嫌だった。わざわざ素性を明かすのは、浅い関係で終わるつもりはないというそういう意味も込めて名と身分を名乗った。
「私が今回貴方たちに会いに来たのは、交渉したいからですわ。もちろん、貴方
たちに悪いようにはするつもりはありませんわ」
「交渉……?」
問いかけたのは、先ほどとは別の少女。髪色は茶色で、先ほどの赤髪の少女と何処か似ている。多分、姉妹か何かだと思う。
二人とも私の言葉に警戒心を見せている。
「貴方たち『魔女』の一族は、その毒を持って人々を苦しめると噂ですわ。でも、それ、違いますわよね?」
本当にそういう集団であるというならば、それほどまでに危険な集団であるというのならば逃げるなんてせずにその場で敵対している全員に毒を盛るなんてこともできたはずだ。それに調べた限り『魔女』の一族は元々有名な薬師の一族として知られていた。それが、『魔女』と呼ばれるようになったということはどういう事があったのか想像するのはたやすいことだ。
「そうよ……。私たちは、そんなのものじゃないわ。私たちが薬を作って、それで助かった癖にあいつら!!」
激情したように赤髪の少女がいう。こらえられないといったように、我慢できないという風に。
「要は発言力を高めた結果、その能力を含めて危険視され、『魔女』の一族と言われたということなのでしょう? そして、貴方たちは今居場所を探している。そうでしょう?」
畳みかけるように言う。私が私のために交渉するのだから、一緒についてきているナザント公爵家の私兵であるリュトエントさんや私の奴隷であるルサーナ達には口出ししないように頼んでいる。
私が、私の言葉で『魔女』の一族を説得する事に意味がある。
緊張して、どうしようもなく怖くもなる。何時だって堂々としていたい。もっと凛として、余裕を持って行動したい。だけれどもはじめてこなす事には緊張して、仕方がない。
「だったら、私が、保護してあげる。貴方たちの居場所を作ってあげる」
私は笑った。貴族の令嬢としての、凛とした笑みを浮かべて。
「でも、その代り。貴方たちは私の手足になってほしいの。私のために、動く駒になってほしいの」
にっこりと笑えば、二人の少女は顔色を悪くする。
「手足になれ……?」
「そう、私の目的のために力を貸してほしい。それが交換条件よ。衣食住は保障するわ。そして私の手足となってくれるならば貴方たちは私の家族も同然。だから、私は全力を持って貴方たちを守るわ」
私の言いたい事はそれだけだった。本当にそれだけ。私みたいな小娘の言葉で彼らが交渉に応じてくれるかわからないけれども、それでもやらないよりはマシだもの。
「じゃあ、一族で話し合ってよく決めて。応じてくれるというのならば、また一週間後にここにきてほしいわ」
私は呆然として考え込む二人の少女に向かってそう言い放つと、リュトエントさんたちを引き連れてその場を後にするのであった。




