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 「エリー、危ない!」

 お母様と二人で出かけていた。どうしても行きたいお店があったから、珍しく私は我儘をいったら、お母様は「いいわよ」って笑顔で頷いてくれたの。

 そして出かけた。

 出かけた先で、お母様は死んだ。

 お買い物を終えて、二人で一緒にお店から出た時のことだった。護衛だったはずの一人の男が裏切った。

 言葉にすればそれだけの話だった。

 私の信頼していた人が、私を殺そうとした。私は振り下ろされる刃物を唯黙って見ている事しか出来なかった。そんな私をお母様は押しのけた。私を庇うように前に出て―――そして、お母様は、お母様は、私の代わりに死んだ。

 それからの事はよく覚えていない。唯、お母様が私を庇って死んだ事実だけが頭に焼き付いていた。裏切り者は、お母様を刺したあと、私に襲いかかったらしい。でも、それは別の護衛が気づいて、どうにか事なきを得たっていう話。

 お母様が死に際が、目に焼き付いて、頭から離れてくれなかった。

 私を庇うように前に出たお母様。

 溢れ出す赤。

 倒れ伏せていくお母様の身体。

 それを思う度に、壊れるかと思うぐらい心が痛かった。

 それでも、私は公爵家の娘だった。私は、この家を継ぐだけ強くならなければならなかった。

 仮面を付けた。

 私が我儘を言わなければ良かった。私が死ねば良かったのにってそんな気持ちに蓋をして。

 裏切った護衛の男は、お金に目がくらんで事を起こしたらしい。すぐに処罰された。

 でもだからといってお母様は戻ってこない。

 私を殺すように指示を出したのは、長い間ナザント公爵家と敵対している家のものだという話だ。でも明確な証拠は残っていない。だから罪を断罪する事は出来なかったとお父様は憤っていた。

 私は貴族にはこういう事がある事を、頭では理解していても、きちんと理解していたわけではなかった。十歳だった私は自分の家族がそんな目に合う事なんて考えても居なかった。

 私はその日から、益々当主としての努めを果たすための勉強に励む事になった。一心不乱に勉強をしていたのは、お母様の死に対する悲しみを考えたくなかったからかもしれない。

 私が狙われたのは、お父様に打撃を与えるためだ。お父様は私が死ねばさぞ悲しんだ事だろう。お母様が死んで、それは私をかばったせいだから私をせめてもいいのに、お父様は私を全然せめない。お母様が亡くなって、お父様はとっても悲しんでいるはずなのに。一番悲しいはずなのに、お父様は泣かない。

 夜にお母様の写真を無言で見ていたお父様。そんなお父様を見て胸が痛かった。ウッカはお母様がもう居ないって事に一人、わんわん泣いていた。可愛いウッカの事も悲しませてしまった。

 ――……私が当主になったら、私がウッカを可愛がっていたらウッカはもしかしたらお母様のように死んでしまうかもしれない。当主になった私がウッカに何があっても動かないって態度を貫いていれば、ウッカは危険な目に合わなくて済むかもしれない。

 目の前で死んだお母様が頭から離れなくて、ウッカがそうなってしまうって怖かった。だから私はウッカにそれから冷たくあたった。ウッカは「お姉様……」って悲しそうな顔をしていたけれど、私は心を鬼にしてウッカに優しくしなくなった。

 お父様にも、ばあやにも理由を聞かれた。私は正直に応えた。理由を話せば、二人は悲しそうな顔をしたけれど、納得して頷いてくれた。

 それからお父様は勉強したいって気持ちを前面に出していた私のためにスパルタ教師をつけてくれた。王都の有名な学者様の師匠とも呼べるような人で、その人は公爵家令嬢の私に本当に容赦なく色々スパルタに詰め込んでくれた。

 そうやって過ごす中でもギルとは時々遊んでいた。ギルと一緒に居るのはとっても楽しかった。心が安らいだ。

 それにギルの前だと、何だか安心して泣けたんだ。お母様が死んだ時に泣いた。一生懸命色々勉強したけど、上手くいかなかった時にないた。いつもギルはそんな私を黙って見守っていてくれていた。昔からずっと一緒にいたギルの前だからこそ、私は泣けた。

 お父様やばあやの前で泣いては心配させてしまうから泣きたくなかった。お父様が泣いていないのに私が泣きたくもなかった。お母様が居ないって悲しんで、寂しがっているウッカの前で泣けない。

 気丈に振る舞う事、仮面をつけること。

 それを私は覚えた。だけどどうしても泣きたい時はギルの所で泣いていた。

 そうやって必死に過ごしている間、正直ナグナ様の事を考える余裕なんてなかった。私はお母様が死んだ時にいた当事者だからお母様が殺された事を知っていたけれど、領民たちを不安にさせないためにも事故死ってことになっていた。ナグナ様もそんな事を知らない。国王陛下と王妃殿下はもちろん、知っているけれども。

 「ねぇ、クラウンド先生」

 「なんだい?」

 「私、大切なものが守れるぐらい強くなりたい。でも私は勉強する事で忙しいし、物理的に強くなる事って難しいの。どうしたらいいと思いますか」

 今年六十歳になるスパルタ教師のクラウンド先生に、私は沢山質問をした。

 「周りのものに強くなってもらう。信頼出来る人に守ってもらうなどが一番でしょう」

 「……でも護衛だって裏切るんだよ、クラウンド先生」

 「それはその者が真に信頼出来るものではなかったからでしょう。絶対に裏切らない相手を作り、それを自由自在に動かせるというのも強さですぞ」

 そんな言葉に私は思った。私が当主になった場合、絶対に裏切らない相手かと。

 「私がそういう相手を、そういう配下を作るのに一番手っ取り早い手段はなんだと思いますか」

 私はクラウンド先生を信頼していた。だから、そんな事も聞いた。

 「……そうですね。奴隷を買うのはどうでしょうか」

 「奴隷? 奴隷って無理やり働かされてる可哀想な人達でしょう? 人扱いされなかったりもするってそういう人たちだって聞いた事があるわ」

 貴族の中には奴隷を沢山買い、様々な事に使っている人がいるって聞くけれど、お父様は奴隷とか好きじゃないみたいで私の家には一人も居ない。それにお父様はナザント領に奴隷商を入れるのも嫌っていて、ちゃんと見た事もほとんどない。

 「そうですね。人扱いはされてはいません。奴隷は商品として扱われます。それは可哀想な事とも言えますが、自業自得で奴隷に落ちるものや自ら奴隷に落ちるものも居るのですよ。奴隷は一重に可哀想なだけの存在ではありません。お金を借りて返せないから、自分の身体をお金の代わりに返す。このままでは生活が出来ないから自ら奴隷になるもの――これは奴隷商は奴隷を商品として扱いますからお客様に売り出す際にあまりにも惨めな姿を見せつけては買い手がいません。それで最低限の食事などは与えてくださるのですよ。奴隷を買う者に関しても労働力として奴隷を購入するものも多く居ます。そういう場合、骨だけの栄養の足りていない奴隷など買う事はないでしょう。お金の足りない者たちが子供を売る場合もあります。それは可哀想と言えば可哀想ですが、その子が売られなければ家族もろとも全員餓死する可能性もあるのですよ。命より大事なものはないですからね」

 クラウンド先生はそういって色々教えてくれた。

 奴隷は可哀想と言えば可哀想な存在だけれども、お金を借りて返せないものが身体で返すのは当たり前と言えば当たり前のことだと。可哀想だから何も返さなくていいと言ってしまえば、お金を貸した側の人は何も残らず困ってしまうのだと。生活を出来ないほどに貧困している者たちは奴隷という立場にいられる事を生きていられると喜ぶものもいるのだと。

 「最もお金を返せずに奴隷になる、生きるために奴隷に自らなりお金を得る。そういう正当な手段ではなく、人さらいという事で奴隷にならなくてもいい方が奴隷になる場合もあります。それは嘆かわしい現状です。ナザント公爵様はそれも嫌ってそもそも奴隷商を自分の領にいれようとはしないのですよ」

 奴隷商を領にいれてしまえば、人さらいを増やす原因になってしまうというのだ。だからこそ、そもそもお父様は奴隷商が領に入る事を禁止しているらしい。人さらいをしている奴隷商は見つかり次第罰せられてはいるらしいが、それはなくならないのだという。

 奴隷商が人さらいをするのは、そちらの方が簡単に商品(奴隷)を手に入れられるからだろう。何とも言えない気分になる話である。

 「領民たちのお金で貴族は生活しています。ですから彼らが安心して暮らせるように整えるのも大事な事なのです。最も幾ら全力を尽くしたとしても結局の所本人たちが自衛をきちんとしていなければいけませんが…。そういう場合は何が起こるかわからない世界で油断して本人が悪いんですがね」

 幾らこちらが手を尽くしても本人たちが自衛をしなければ厳しい場合があるとクラウンド先生は教えてくれた。

 「それにあまりにも領民を甘やかしすぎるのもいけません。貴族たちにやってもらうのが当たり前と甘えてしまえばどんどん彼らは堕落していくことでしょう。ですから、エリザベス様。貴方は飴と鞭をしっかりと使い分けて、領民たちが堕落しないように、だけれども幸せでいられるように上手く調整していく事がいいのですよ。何をしても大丈夫とまで舐められるのはいけません。為政者として時に厳しくやるのです」

 クラウンド先生は目を細めて、そう教えてくれた。飴ばかり与えすぎても領地はよくならないと、鞭も時には与えなさいと。

 「と……、話がずれました。エリザベス様が絶対に裏切らない相手を作るためには奴隷がいいといったのは、奴隷には様々な人がいますからエリザベス様が側近にほしいと思われるような素質を持つ子供を買って育てる事が出来るからです。それにナザント公爵家を継ぐまでの練習台にも出来るでしょう」

 「練習?」

 「飴と鞭を使いこなす練習です。ここまでは甘やかしていい、ここまでは厳しくしていい。こういう時はこれだけ厳しくしなければ相手が付け上がるとか、そういう事を覚える練習です。いきなり人の上に立とうとしても上手くいくものではありません。そういうのを覚えるための練習に奴隷はなるでしょう。それに奴隷ならば側近として育て上げる事に失敗した暁にも対処がしやすいです」

 「対処…?」

 「そうです。対処です。例えば教育に失敗して、その奴隷がエリザベス様を憎むようになり何かを起こしたとしましょう。その場合にすぐに処分できます」

 処分という言葉に、少し青くなってしまった。貴族の当主として生きるためにはそういう厳しさが必要なのもわかってる。お父様もお母様を殺した護衛を処分した。

 だけれども青くなってしまうのは、私がまだそういう覚悟がないからだ。

 「エリザベス様、処分したくないなら貴方がきちんとそういう結果にならないように育て上げればいいのですよ。たった一人の奴隷さえも躾る事が出来ないようでしたらナザント公爵家をエリザベス様が継いだ際に苦労する事でしょう。なんせナザント公爵領の領民の数は多いですから」

 その言葉に私はしばらく考えました。処分とか、そういう事はなるべくしたくない。でもそれはクラウンド先生から言わせれば私がちゃんとすれば済む事なのだ。私にちゃんとそういう事が出来るのだろうか。

 そう考えて、私ははっとなって首を振った。

 出来るか出来ないかじゃなくて、出来るようになればいいのだ。私は私の大切なものを守れるぐらい強く、強くなりたい。そう、なりたい自分がいる。なら、なりたい自分になるために辛くても頑張るしかない。何事もやってみなければわからない。出来ないじゃなくて、やるんだ。

 それに自分の力で動かせる人材がいたらきっとこれから楽になる。将来のためにも奴隷を買ってみるというのは一つの手だと私は思った。




 だからお父様の所に行った。

 「奴隷がほしい」って。理由を話したらお父様は許してくれた。でもナザント領には奴隷商は入ってこないから、ナザント領の外で奴隷を買う事にした。



違和感ないようにきちんとかけているか不安です。おかしかったら書き直します。


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