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 「出かけようか」

 お父様がそんなことを言ったのは、ばあやが亡くなって三か月もたったある日の事だった。

 サリーはあれから、私のいう事をもっと聞くようになった。そして、私の事を心配するようになった。私の言葉を聞いてサリーが何を思ったかは正直わからない。

 でも悪い風にはなってないと思うから良しとする。答える事に失敗してサリーからの信頼とか全てなくなってしまったら嫌だもの。それにそれは悲しい事だもの。

 「お出かけですか?」

 「ああ。私とエリーとウッカで」

 お父様はそんな言葉を口にした。

 正直、私は驚いた。お母様が亡くなってから、家族でのお出かけは一切なくなっていた。

 元々家族でお出かけをするのは、お母様が「行きましょう」と私たちに投げかけてきたからだった。そんなお母様が居ないのだから、自然と家族で出かける事がなくなってしまったのも無理はない事だったのだろう。

 お父様は自分からこうやって出かけようなんていう人ではなかった。家族の事を大切に思っているけれども、それはお母様の役割だった。

 お父様も、お母様が亡くなってしばらくが経過して少し悲しみを乗り越える事が出来たのかもしれないと思った。

 「わかりましたわ。いつ行きますの?」

 「明後日行こうと思うんだ。ほら、昔よくいったカドニア湖に」

 お父様は、そんなことを言う。

 カドニア湖はお母様のお気に入りの場所だった。お母様がよく行きましょうといい、そして皆で行っていた場所だった。

 お母様が亡くなってからお父様がこんな風に出かけようと口にするのは、はじめての事で、私はそれを断る事をしなかった。



 *


 「エリザベス様、嬉しそうですね」

 「あら、そうかしら」

 お出かけ用の装いをどうしようかと思って、衣装部屋で着ていくものを選んでいる中でルサーナに言われた言葉に、私は自分で驚いた。

 ウッカに近づかないように、ウッカに嫌われるように、ウッカが危険な目に合わないようにって。

 そんな風に思って、それを実行しようとして。その気持ちは今も変わらなくて。ウッカが笑って過ごせますように――、幸せになりますようにって。

 そういう思いで、私は前に進む事にした。けれども、家族で出かけるってことを思えば嬉しかったのだと思う。どうしても心が躍ってしまったのだと思う。

 だって、家族でお出かけなんて久しぶりだった。

 しかもあのカドニア湖になんて。思い出の沢山の詰まったあの場所に、お母様は居ないけれども家族で行けるのは嬉しかったんだ。


 そして久しぶりに向かったカドニア湖は鮮明に、昔の記憶を私に思い出させてくれた。


 お母様が、カドニア湖の美しい風景が大好きだった。透き通るような湖に映し出される木々はとても美しかった。時折水を飲みに湖を訪れる動物たちだって可愛らしくて、見て居てとても幸せそうな気持ちになった。

 お母様の事を思い出す。

 お母様の事を思い出すと悲しいけれども、それでもお母様との大切で優しいあ戦い思い出を私は忘れたいなんて思うはずもなく。思い出すだけでとっても暖かい気持ちになれた。

 お母様、優しかった人。何処までも私に愛情を注いでくれた人。―――私は、お母様が大好きだった。お母様の事を思い出す。お母様との優しい笑顔を重い壁られる。忘れたくない。大事な記憶。お母様の声を笑顔を、時間が経過するからと記憶の隅に追いやって忘れたくはない。

 お母様が大好きだった。お母様にずっとそばに居てほしかった。

 湖の前に立って、一人ぼーっとしてしまう。その後ろには、ルサーナとウェンが私の護衛として、奴隷として付き従っている。ナザント公爵家当主であるお父様もこの場に居るからリュトエントたちナザント公爵家の私兵たちももちろんこの場に多く居る。

 「お姉様……」

 ふと、声が聞こえた。

 後ろからの声だけれども、顔を見なくてもウッカの声だってわかる。私の可愛い妹の声。笑顔でいてほしいと望む、何よりも大切な宝物の声。

 振り向けば、ウッカがこちらをにらんでる。小さい身体で、私の事を真っ直ぐ見上げている。

 思えば、行きの馬車では私は護衛たちと別の馬車に乗ったし、ウッカとちゃんと顔を合わせるのはあの日、私が部屋に閉じこもるウッカに喝を入れてから初めての事だった。

 「お姉様は!」

 「どうしたの、ウッカ」

 「奴隷を増やして、無理やり従わせるなんて何を考えているんですか!」

 ウッカは必死に頑張ってその言葉を口にしたのだと思う。その目には、ルサーナやウェンに対する”可哀想”という目があって、そして私に対する怒りもあった。

 ルサーナとウェンがその言葉に対して何かを言おうとするのを私は目で制する。物分りの良い二人はそれに対して頷いて黙る。そうすれば益々ウッカは勘違いしたように声を発す。

 「そんな風に言いたいことも言わせないなんて!」

 「あら、だから何よ。奴隷とは主人の手駒であり、主人の所有物よ」

 ウッカがこういう言い方嫌いなのは知っているけれど、それが事実。奴隷とは主人の財産でもある。だからこそ、私はウェンやサリーを引き取る時、それ相応の金銭を出して引き取ったのだ。

 「所有物って人を――」

 「物みたいに扱うなって? そんなの知らないわよ。この子たちは、私の大事な手駒よ」

 それは本心。二人とも私の大事な手駒で、可愛い奴隷。

 「手駒なんて本当に、お姉様を何をする気なの!」

 「秘密よ。貴方には関係ないわ。ただ一つ言えるのは、私は私のしたいように手駒を使うってだけよ」

 貴方を守るために、私が大事なものを失わずに済むように。

 そのために私はこの子たちを使う。手駒として、奴隷として。どんなに非道だって言われてもそれでも、私はウッカを守りたい、そしてナザント公爵家を継ぐ者として力をつけたい。

 私は言い捨てて、ウッカの前から去る。

 ウッカが後ろで何かいっていたけれど、心を鬼にして振り向く事はなかった。




 帰りの馬車の中、ウッカが眠りについている中でお父様に「ウッカに嫌われようとするのをやめたらどうだろうか。この一年、ウッカには何もなかっただろう」とそんな風に私は咎められてしまった。






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