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誕生日の日から二週間ほど経過した。ウッカはずっと自分の部屋に閉じこもっている。
ばあやが亡くなって少しだけしか経過していないから、生活する度にばあやの影を見て悲しくなる。悲しいのは私も一緒。ナザント家に仕えている他の者たちだってばあやが居ない事悲しんで、嘆いている。
でも、それでも前に進むしかない。時間は巻き戻ってなんてくれないんだから。いくら居ない事を嘆いても戻ってくるわけではないのだから。
―――時間を戻せるなら、私はお母様が亡くなったその日に戻って、お母様の命を救いたかったよ。
そう時は進んでいくもので、巻き戻されるものではないのだから。あの時に戻れたらって思いはある。幸せだった日々にのみ記憶を巡らせて前に進まないという”逃げ”もしようと思えばできた。
だけど、”逃げ”なんてしたくなかった。だって私にはしなきゃならないことがある。ウッカを守るために即急に力をつける必要がある。大切で、大事なあの子を守らなければならない。
でも、汚いものを見せることなく守るだけではきっと駄目なのだ。甘やかしすぎて、ウッカが泣きわめくだけの令嬢になるのは駄目だ。
”使えない”令嬢では、嫁ぎ先にも問題が出る。ナザント公爵家はこの国でも権力を持っていて、無理やり嫁ぎ先を決める事は簡単かもしれない。でもそうやって決めた婚姻では幸せに何て出来ない。ウッカが笑って過ごせるように、ウッカが幸せになれるように―――――、それを考えた上で、私は部屋に閉じこもるウッカの部屋の前へとやってきた。
ウッカ、わかるよ。
ばあやが居なくなって、ウッカがどうしようもないほど悲しんでいる気持ち。
ねぇ、ウッカ。ばあやは私たちにとって第二のお母様のように、ずっと傍にいてくれた、優しくて暖かい人だったよね。
お母様が居なくなって、それでもウッカが悲しみながらもがんばれたのはばあやが居たからだって知っている。ばあやまで突然死んでしまって、受け入れられなくて、悲しくてそれで泣いて、現実から逃げてしまいたくなる気もち、本当によくわかるよ。
でも私はウッカの気持ちをしった上で、敢えて貴方に言うわ。
「ウッカ、貴方いつまでうじうじしているつもり?」
ウッカの部屋の前で、ウッカの世話をする侍女たちに止められながらも、私はあえてその扉を叩いた。
咎めるような視線が、向けられる。ばあやを失って悲しんでいるウッカになんて態度をするんだとでもいうような視線。
私の後ろから私についてきたルサーナは、ただ私のする行動を見ている。口出しはしない。
閉じられた扉の向こう―――ウッカの部屋の中から音がした。私の言葉に反応したウッカが、動いた音が。
「貴方はナザント公爵家の次女、私の妹」
私の、大切で大事で、可愛くてたまらない妹。私の一番守りたい妹。
「ナザント公爵家の令嬢が、たかが侍女が亡くなったぐらいでいつまで現実逃避をしているつもりなの」
ばあやの事、たかが侍女なんて思っていない。ばあやは私にとって大切な人だった。大事な第二のお母様だった。
だけれども、ウッカを焚き付けるために敢えてそんな酷い言葉を言った。
ばあや、ごめんさない。でも、私は悲しみに明け暮れているウッカを見たくない。そして悲しい事があるたびに閉じこもってしまうような弱いままで大人になってほしくない。
「お姉様!」
我慢ならないと、それが伺える態度でウッカが部屋から出てきた。
久しぶりに見たウッカは、最近食欲がなかったのもあって少し痩せていた。目は泣きはらしたように赤い。ああ、泣いていたのね、ウッカ。ずっと、悲しかったのね。
思いっきり抱きしめて、甘やかしたくなる。
だけど、それはウッカのためにはならない。
「文句でもあるの、ウッカ」
わざと冷たく言い放つ。ウッカがびくりっと身体を震わせるのがわかった。
周りに居た侍女たちの咎めるような視線も、全てどうでもよかった。彼女たちには嫌われている方が好都合だった。――私の真意を知らない方がいいのだ。だってウッカを守りたいなんて真意がウッカに伝わるのは困る。悟られないようにしなければいけない。可愛いウッカは私がそういう思いなのを知ったら私に近づくだろうから。
「たかが、侍女って。ばあやはお姉様の事も大切に――」
「そうね、それが?」
知っている。ばあやは私とウッカの事、本当に可愛がってくれてた。傍にいてくれてた優しい人だった。
「ばあやは――」
「ねぇ、ウッカ。貴方が侍女が亡くなったぐらいで、これからもパーティーを含む貴族として必要なことに欠席するつもりなの?」
私はウッカの言葉を敢えて遮った。泣き出しそうな顔をしていたウッカは、今、怒ってる。私がさっきから、たかが侍女とか、亡くなったぐらいでとか、ばあやを軽視する言葉を使っているから。
でも泣いて閉じこもるよりは私に怒りをぶつけた方がいいと思うの。泣いてうじうじとずっと過ごすよりも、私に対する怒りから元気になった方がいいわ。
「でも――」
「でもじゃないわ。私は悲しむなとは言ってない。悲しくて本当に親しい者の前で泣くのは別に貴方の勝手だわ。でも、貴方もナザント公爵家の娘ならばどんな事があろうとも、笑みを浮かべるだけの強さは持ちなさいと言っているの。
今回は我が家が主催するパーティーだったからこそ、まだいいわ。でも、他家に招待されたパーティーまで貴方はそんな下らない理由で休むつもりなの? と聞いているの」
怒りなさい、ウッカ。その胸の内にあるどうしようもない悲しい思いは、怒りにかえて私にぶつければいい。
感情を押し殺す事はとても疲れる事だから、感情をぶつけたら、少しはすっきりするものだから。
だからねぇ、ウッカ。怒りなさい。そして私にぶつけなさい。
「お姉様は、どうして―――!! 下らない理由なんかじゃない!!」
「貴方にとっては下らなくなくても、周りにとっては下らない理由よ? 招待した他家にとって見れば、自身よりも侍女をとるととられて自分は軽視されていると思う事になるわよ? それに参加すると宣言したパーティーをそんな理由で毎回すっぽかされたら我が家の信頼も落ちていくのよ? それを自覚しているの」
ウッカは可愛い。庇護欲を誘って、つい甘やかしてしまいたくなるほど可愛い。だからこうやって面と向かって注意する人ってあまりいないの。
お父様も色々忙しい。ばあやが今までウッカを咎めたりしていた。けれどばあやも居ない。お母様が生きていたころはお母様がしてたけれどさ。正直このまま甘やかしていればウッカってどうしようもないほど甘えた令嬢になると思う。
だから、私が敢えて言う。可愛いウッカのために、心を鬼にする。
ウッカは私の言葉に言葉をなくす。返す言葉がわからないのだろう。
「まぁ、答えられないの? ナザント公爵家の令嬢であるというのに、貴族としての自覚が足らないのね」
馬鹿にしたような私の言葉にウッカが泣き出しそうな顔をする。庇うように侍女たちがウッカの前に出るけど、そんなの関係ない。
「泣けばそれで済むと思っているの? そうやって泣いて、周りに縋って、貴族としての自覚も持たずに大人になるつもりなの? ナザント公爵家――お父様やお母様の顔に泥を塗るのね。全く私は貴方みたいな甘ったれが妹で恥ずかしいわ」
私はうまく、ウッカに冷たく言えてるだろうか。本当はこんなこと言いたくないなんて思いが、表情に出てないだろうか。と不安になるけれど、可愛いウッカが泣き出しそうな顔を益々ゆがめているのを見るに、私の演技はちゃんとできているのだろう。
「お姉様!!」
「ふふ、図星を付かれて怒るなんて本当に貴方は駄目ね」
「なんで――」
「喚く暇があるなら、私にこんなこと言われないように勉強したらどう? まぁ、貴方が勉強した所でたかが知れているけれど」
挑発するような言葉は、負けず嫌いなウッカがこれで私を見返そうと頑張るだろうって想像出来たからこその言葉だ。
私はそれだけいってウッカの部屋を後にするのであった。
想像通り、ウッカは私の言葉に「お姉様を見返す!」と勉強に励むようになったらしい。良い事だわ。




