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 「久しぶりだな、エリザベス」

 久しぶり聞いたナグナ様の声は、これまでの親しみを持った声とは違った。本当に、久しぶりに見たナグナ様の声は、どこか不機嫌そうだった。

 私はそれに正直戸惑った。

 私はナグナ様に何かをしてしまったのだろうかと。だけれども、心当たりはなかった。戸惑いを隠して、ナグナ様に向かって笑みを張り付ける。

 「ええ。お久しぶりですわ。ナグナ様」

 私はそういってにっこりと笑った。

 そうすれば益々ナグナ様の表情は歪んで、困ってしまった。私はきちんと笑みを浮かべて、ナグナ様に笑いかけたはずだ。隣に立つお父様が何も言わないという事は、きちんとできていると思うのだけれども。私は何か間違ってしまったのだろうか。

 そう戸惑うけれども、その思いには蓋をする。こういう場で、感情を外に出さないのが、貴族の令嬢としては正解になるはずだ。私はまだ子供だけれども、今のうちからこうやって自分の感情を抑えて生きることに慣れていくべきだと思った。

 クラウンド先生にそれをいったら、それはいいことですねっていってくれた。だから正解のはずだ。悪い事ではないはずだ。

 なのに、どうしてナグナ様は不機嫌を隠さずにこちらを見ているのだろうか。

 お父様が、二人で話してなさいとその場をすぐに去った。


 その、すぐあとの事だった。


 「エリザベス、なんだ、その顔は」

 私の顔を真っ直ぐに見つめるナグナ様は、そんな事を言った。

 まるで私の浮かべている表情が、私自身が気に食わないといった態度に私は正直ショックを受けた。

 久しぶりにナグナ様に会える事を私は少し楽しみにしていた。

 でも、そんな思いが間違いだったのだろうか。そう思っていたのは、私だけだったのだろうか。

 泣きそうになるのは、今まで当たり前だったものが次々に失われているからなのかもしれない。

 お母様の笑顔。

 ばあやの笑顔。

 ナグナ様の笑顔。

 全部、今までだったら当たり前に私に向けられていたものだった。なのに、お母様とばあやの笑顔は本当にもう二度と見る事がかなわなくて、ナグナ様は私の事をいつの間にか嫌っていたらしい。

 でも、泣きそうだからといってこの場で涙を流すなんて真似すべきではないと知っている。

 幾ら失われていった事が悲しくても、寂しくても、今、この場では絶対に泣きたくなかった。だって何れナザント公爵家を継ぐからって、そのために決意してはじめてのパーティーなんだ。

 ばあやが亡くなってしまって、悲しくてたまらなくても、その感情を押し殺して参加したパーティーなんだ。クラウンド先生に沢山教わって、これからのための大切な第一歩なんだ。

 ―――だから、泣かない。

 「どうしてそんな事をおっしゃるのですか? 私、ナグナ様に何かしたでしょうか?」

 口にできたのはそんな言葉だけだった。

 私は何もしていないはずだ。そもそも私は様々な事を学ぶことに必死で、ナグナ様と会う事もなかったのだから、何も出来るはずもない。だから平然を保って、笑みを浮かべている。なのに、どうしてナグナ様はずっと不機嫌層なのだろうか。

 私は何か間違っているのだろうか。失敗してしまっているのだろうか。

 頑張ろうと決意したこの場で、成功させたいと願って仕方がないこの場で、そういう思考に陥りたくなかったけれどもどうしてもそれを考えてしまう。

 「だから、その顔を―――」

 「お話中失礼します」

 怒りを顕にしたナグナ様を遮ったのは、聞きなれている一つの声だった。

 それは、ギルだった。

 いつの間にか私たちのすぐ傍まで来ていたらしいギルは、私とナグナ様の間に立つ。私に背を向け、ナグナ様を見ている。

 「なんだ、おま――」

 「エリザベス様を少しお借りしますね」

 また、何かを言おうとした言葉をばっさりとギルが遮る。

 その言葉はナグナ様に敬意を払っている。一応公式な場だからこそ、ギルは私をいつものように”エリー”と愛称では呼ばない。

 ギルの口から出る愛称ではない私の名前は、何だかとっても心がムズムズして、違和感があって嫌だなと思った。エリザベス様なんて他人のような呼び方をギルにはされたくなかった。

 「では、失礼します」

 ギルはナグナ様に声を発させる隙も与えずに、そう告げると「エリー、行くよ」と私にだけ聞こえるような小さな声でいう。そしてその場からすたすたと歩いていく。私はあわててそんなギルについていくのであった。

 そんな私とギルを見て、ナグナ様が益々不機嫌そうな顔をしていた事なんて私は欠片も気づいていなかった。

 「――ねぇ、ギルはどうしてナグナ様との会話に割り込んできたの?」

 ナグナ様の元から連れ出された私は、ギルにそう問いかけた。まだパーティーの最中だから、他の人に聞こえないように小さな声で問いかける。

 「なんでって、エリーが泣きそうだったから」

 ギルは迷いもせずにそんな事を言う。

 「……私、そんなにうまく笑えてなかった?」

 「いや、エリーはちゃんと笑ってたよ。でも、わかるよ。エリーが無理して笑ってるかどうかぐらい」

 本当にギルにはかなわないと思う。幾らごまかしてもきっとギルは私っていう存在を見間違えはしない。

 「そう……。いつもありがとう、ギル」

 私がそういって笑えば、ギルも笑った。

 失っていくもの、変わっていくもの沢山あるけれども、それでも変わらず傍に存在し続ける大切なものがある。なら、私は前に進める。



 その後、私はパーティーでナグナ様と話す事はなく、パーティーはそのまま終わった。





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