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 春が巡ってきた。

 寒い冬が終え、花々が咲き誇る暖かい日。少し肌寒さは残るけれども、春の暖かさを確かに感じる季節。

 春は出会いの季節であると、人はいう。

 だけれども、春は別れの季節でもあった。

 いや、それはどんな季節にも言える事である。人の命は、本当に突然に失われていってしまうものなのだから。

 お母様のように殺されることもあれば、目の前で土に埋められていくばあやのように寿命をまっとうして死んでいくこともある。

 そう、ばあやは春のある日に死んだ。

 安らかな表情だった。今にも起き上がりそうなほどに、穏やかな、ただ寝ているだけのようにも見える表情。でも、なのに、死んでる。ばあやはもう、目覚める事はない。

 お母様のように、ばあやまで、居なくなっちゃった。

 ずっとそばに居てくれた。第二のお母さんみたいだったそんなばあやも、死んじゃった。

 心の中にぽっかりと穴が開いたような気分。悲しい。苦しい。お母様の次に、ばあやまで。寿命でばあやは亡くなった。年だったから仕方がない事かもしれない。でも、だけど、突然すぎて私の心は決して追いついてなんかなくて、どうしようもない思いが胸を支配する。

 私の可愛いウッカが、泣きわめいているのが見えた。

 ばあや、ばあやって、そう呼んで悲しいって言っている。だけど、私は泣いていなくて、というより泣けなくて。

 だって決意したから。

 強くなろうって。私は、弱さを見せないようにしようって。本当になるべくだけど。この場で泣かないようにってそういう自制が聞いて、悲しいのに、本当に心の底からばあやを失った事に対する喪失感を感じてならないのに。なのに、私は泣けなくて、自分が冷たい人間に感じて凄く嫌になった。

 泣いているウッカ。

 私はウッカに手を伸ばさない。

 私は、心を鬼にしてウッカにやさしくしないと決めたから。

 お父様に抱きついて、ウッカが泣いている。

 お父様がこっちをみてる、泣いていいんだよって優しい目をして。

 だけど、私は泣かない。泣けない。

 私の隣には、ギルが居る。ばあやに幼いころから世話になっていたのはギルも同じで、私の手を握って、心配したようにこちらを見てる。

 ああ、ギルが居るって。それだけで安心して、私は大丈夫、前に進めるってそう思う。単純かもしれないけれども、ギルはそれだけ私の大切な人だった。

 私が集めた奴隷たちは私の側に居るけど、他の者たちは泣きわめくウッカを心配そうに見ている。私は表情を隠すのが、上手になってしまった。お母様が、亡くなってから。悲しいって思っているのに、それを表に出せない。

 ばあや、ばあや。ずっとそばに居てくれたばあや。

 いつか、人は死ぬものだって知っていたよ。知ってしまってた。でも、こんなにはやくばあやが傍からいなくなるなんて思ってもいなかったんだよ。もっと傍に居てくれるってそう思ってたんだよ。

 なんだかぼーっとしてしまう。何も考えたくなくて、ばあやの死は頭に追いついてこなくて。そうしていればウッカと目があった。

 ウッカは、私の方へとずかずかと近づいてきた。

 「お姉様、なんで、泣かないの」

 責め立てるような言葉だった。

 大切な存在であるばあやが亡くなったのに、泣かないのはおかしいってそういってウッカがこちらを見ている。或いは、自分の中にあるどうしようもない思いを私にぶつけようとしているのかもしれない。

 ウッカはまだ七歳で、それも仕方がない事だった。

 「どうして、お姉様は、お母様が亡くなった時だって……」

 「人は何れ死ぬ者だもの。だから、私は泣かないわ。ウッカ、貴方もナザント公爵家の令嬢であるのだから、人前でそんな風に泣くのはやめなさい」

 私は、気づけばそう口にしていた。

 悲しいって気持ちに蓋をして、平然を保つために漏れた言葉。そしてウッカと敢えて距離を置くための言葉。可愛いウッカを泣き止ませたいがための言葉。

 ウッカ、泣かないで。私はウッカの泣いた顔は見たくない。泣いているウッカより、笑っているウッカを見たい。

 「なんで――」

 「いいから、泣き止みなさい。私はこんなに大勢の人がいる前でそんな風に泣きわめく妹は恥ずかしいわ」

 泣かないで。そしてどうか、人前で泣かない分別をつけて。弱味を見せるのはすべきことじゃないってクラウンド先生も言ってた。

 私が何れナザント公爵家を継ぐから、ウッカは何れ嫁ぐことになるだろう。なら、誰からも求められるような令嬢として、ナザント公爵家の令嬢として相応しいと相手側に言わしめる子になっててほしい。

 「……恥ずかしいって」

 「人前で泣きわめく事は、公爵家令嬢として失格よ。本当……昔から泣き虫なところは変わらないんだから」

 わざと呆れたように告げる。そうすれば、ムキになったウッカは泣くのを一生懸命我慢しようとするのを知っていたから。

 「エリー、そのくらいにしなさい」

 ウッカが、必死に泣くのを耐えているのを見ているとお父様がそういって私を止めに入った。

 これ以上はやりすぎだとお父様は判断したらしい。

 「……お父様っ」

 ウッカは味方が出来たみたいな顔をしているけれど、お父様は言った。

 「ウッカ、今はまだいい。幼いからで通じる。でももう少し大きくなったらエリーのように人前で泣くのはやめた方がいい」

 そんな言葉にウッカはショックを受けたような顔をして黙り込んだ。



 結局、その後ウッカと私は会話をしなかった。

 葬儀が終わって、私はギルと二人っきりになった瞬間耐え切れず涙を流すのであった。




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