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エリザベスsideに戻ります。
ウッカたちと別れた私は、その足で王宮に向かっていた。
イサート様とサンティーナ様に、”ナグナ様から婚約破棄を告げられたこ
と”、”ウッカに当主の座を明け渡してみた事”をいったら何とも言えない顔をされた。
「……ナグナが済まない」
と、第二王子であるヒロサ様にも謝られてしまった。
「いえ……、私も思ったより何も感じていないですし」
「そうか……。新しい婚約者も探そうか? ナグナから婚約破棄したわけだし……」
「いえ、大丈夫ですわ。あんな大勢の前で婚約破棄されたからには次の相手探すのも大変でしょうけど」
確かにあんなに大勢の前でしょうもない理由で婚約破棄されたし、噂にはなっているだろうけど、まぁ、とりあえずそれはひとまず置いておくとして……。
婚約破棄されたのに、婚約者が居なければギルとも会えるのだろうかと思って嬉しくなっている自分に驚いた。
「そうか……、それでこれからどうするんだ?」
「ウッカたちは公爵領にいったみたいだから、別邸の方に行こうと思いますの」
「……ウッカに領地を回すなんて出来るのか?」
「アサギ兄様たちが居ますから大丈夫でしょう。問題はありませんわ」
私はアサギ兄様と、配下の者たちを信頼している。だからこその言葉だった。
だって私が責任を持って育てた子たちなんだもの。周りを固めているから、どうにでも出来ると思うの。
そうしてそれから私は別邸に向かった。
そして別邸へと行けば、
「エリー」
ギルが居た。
ギルがこうして別邸にやってくるのははじめての事だった。公爵家にも訪れることもなくなって、私だってギルの実家に顔を出したのは学園の入学前ぐらいだった。
ギルに会えたことが嬉しかった。
話したいことが沢山あった。
こうして会話を交わせることが嬉しかった。
別邸の中へと入って、後ろにウェンが控えている状況で二人で話すことになった。
「……ギル、あのね」
私は口を開いて、沢山の事をギルに話した。今ままで話したかった事を。悲しかったことも、頑張ったことも。
ただギルが、笑ってくれたらいいって思ってた。
ギルだけはずっと変わらないってそんな風に私は思っていて。しばらく話せなかった分、話した。
ギルの前では嘘とかも全然つけなくて、偽りをかぶることもできなくて。
ウッカの事も話した。
どうして、当主を譲ったの? って聞かれたから。
ただ思ったままに、答えた。
可愛いウッカなら、もしかしたら――って期待してしまったからって。ウッカなら上手く出来るんじゃないかって。
そういったら、
「馬鹿だなぁ、エリーは」
って言われてしまった。
「馬鹿かしら?」
「ああ、馬鹿だなぁって思う。だってウッカは多分出来ないよ。そんなこと」
「そうかしら?」
「ああ。多分無理だな。そもそもエリーの事が大好きな連中がウッカの言う事を聞くとは思えないし」
「………でも、ウッカは」
「エリーはウッカが大好きだから、妹だからひいき目で見てしまう所あるよな」
「だって、可愛い自慢の妹だもの」
私はウッカが大好きなのだ。可愛い妹なのだ。一生懸命でまっすぐで、優しい子なのだ。
ひいき……してしまっているのだろう。公正でありたいと望んでいる私だけど、でもウッカは可愛い。これはどうしようもないほどの、真実なのだ。私が心の底から感じていることなのだ。
私の心に存在するウッカへの思いなんて可愛いとか、大好きだとかそういう思いしかない。
「まぁ、ウッカは色々思い違いをエリーがさせているし、仕方はないかもしれないけど」
「…そうよ。私がウッカを勘違いさせたのだもの」
「でも、あれウッカがちょっとでも自分で調べようと思ったら勘違いなんてしないけどな」
「……そういうところも可愛いのよ?」
「ナグナ様にも婚約破棄されたんだろう?」
「ええ。されたわ」
そういう会話をしながら、目の前のギルと、大好きな妹のウッカの事を考えていた。
幼い頃の、何も知らなかった私が大切にしていた二人。幼い頃から大好きな二人。
ギルとは婚約者がいるってことで大きくなってからは会話をあまり交わせなかった。
ウッカとは私の大切な子だっていうのを周りに知らしめたくなくて、距離を置いた。
「…エリーは、そっちは気にしていないの?」
「そうね。申し訳ないけれど、特に気にしていないわ。寧ろ婚約破棄したってことでギルと会話を交わせるの、嬉しい。婚約者がいる立場だと他の異性とあまり親しくしすぎるのはよくない事だもの。でも、私ずっとギルと話したかったの」
私は大切なものを守りたくて。失いたくなくてそんな思いで突っ走ってきた。ウッカの事を突き放した癖に、ギルの事は突き放せなかった事は私の一種の弱さで。
私は強いわけでもなくて。ギルが味方でいてくれるんだって思うと安心した。
嬉しい事も、楽しい事も、苦しい事も、悲しい事も、ギルに沢山話したかった。
「うん。俺も不謹慎だけど、ナグナ様がエリーと婚約破棄してくれて嬉しいよ」
ギルも、私と話したいって思ってくれていたのだろうか。それだったら嬉しいなって思う。
「あのね、ギル。私ね。ナグナ様との婚約は嫌だったわけでもなくて、お父様とお母様が決めた事だし、私は貴族だから結婚するのは別にかまわなかったの。
でも、ギルと話せなかったのだけが嫌だったの。私はギルと昔みたいに話したくて、二人でのんびり過ごしたくて。……そういう、我儘を考えていたの」
ナザント公爵という地位について、色々制限されるのも当たり前で。
婚約者がいる立場で醜態になってしまうような他の異性と親密であるなんて公にすべきことでもなくて。
でも、それでも話したかったのだ。
それは私が安心するためで。私がギルの前だとどうしようもなくほっとしたからなのだ。
そこまで考えて一つの考えが私の頭に浮かんだ。だから口を開いた。
「………ギル。あのね。嫌なら断ってね」
「ん?」
「私ね、ギルと話せなくなるの嫌なの。これから私とギルが互いに結婚したら会えなくなるでしょう? それが、嫌なの。
私の我儘だけど、私はギルと一緒に居たい。
だから、私と……その、こ、婚約しませんか」
最後の一文を言うのは緊張した。ああ、もうなんでだろう。きっと他の人にいうのならばこんなに緊張しないのに、どうしてだろう。断られるのは嫌だと思っているからなのだろうか。
「私は、ギルを恋愛の意味で好きなのかはわからない。でも、ギルの事は大好きだし、ギルと一緒に居たいって思っているの。他の人と婚約して、結婚して、そしてまたギルと長い間会話を交わせないとか、そういうの嫌なの」
貴族の結婚なんて政略結婚が主で、だから恋愛感情の有無なんてどうでもいいかもしれないけれど。でも、そういうの抜きにしても私はギルの事が大好きで、一緒に居たいのだ。
「あー……もう」
「ギル?」
「……俺から、言いたかったのに」
「え?」
なんかよくわからない事を言われた。驚いてギルの方を見る。
「あのね、エリー。俺はね、ずっとエリーの事好きだったよ」
「ん?」
「物心ついたころからエリーは俺にとって大事な子で、だからナグナ様とエリーが婚約した時も嫌だったんだよ。エリーが頑張っているのにそういうの全然知ろうとする気配もないウッカとナグナ様にも正直苛々していたし…。エリーが勘違いさせてるのは知ってたけどさ。
だからナグナ様がエリーと婚約破棄してくれたのは嬉しいし。俺はエリーが好きだから、エリーと結婚できたらいいなってはずっと思ってたよ」
「……そうなの?」
「うん。だからエリーがナグナ様に婚約破棄されたってきいて、傷心のエリーにいったら頷いてくれるかなって」
「ふふ、傷心してなくても……、私ギルの提案断らなかったよ?」
ギルの言葉は恥ずかしかったし、驚いたけど、それでも嬉しかった事は確かで。
「エリー」
「ん?」
「俺と結婚してください」
「……改めていうの? なんか改めて言われると恥ずかしいわね」
「だって、ちゃんと言った方がいいだろう?」
「……そうだね。喜んで」
ギルとそういって笑い合う。
「ウッカは、大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃないと思うけど。普通に考えてエリーが今までやっていた仕事、ウッカに出来るわけないし。下についている連中がウッカの言う事素直に聞くとも思えないし」
ばっさりといわれた。ウッカもそれなりに優秀だからやろうと思えばできると思うのだけど。
「エリー……、自己評価が低いよね。10歳のころからナザント公爵領を継いだ時の事を考えて勉強をしてきたエリーのやっていたことを、公爵令嬢としてのマナーしか学んでいないウッカが出来るわけないじゃんか。それにエリーに聞いた限りウッカは与えられた課題は優秀だけど、それ以外はやろうともしていなかったんだろう? だったらウッカにとって公爵としての仕事は想定の範囲内ではないことだしさ」
「うーん、そうかしら?」
「うん、そうだよ。それにウッカとあと他のナグナ様たちも、エリーが悪事を働いているって思い込んでいるんだろう?」
「ええ。そうよ。私は色々やっていたから悪い噂もその分広まっているもの。それを信じている人は多いものね」
「………だったらナザント公爵家っていう、エリーの事をよく知っている人たちのもとでエリーの悪口を言うわけだ。悪事の証拠でも探しているかもしれない」
「そうね」
ギルの言葉に、確かになーと思いながらも頷く。公爵として切り捨てるものは切り捨てているし、処刑の判決を下した者もいるけど、私は基本的に外で噂されているようなことはやっていない。
奴隷たちや孤児院の子たちとも良い関係が築けているって思っているし。
幾ら探しても悪事の証拠なんて出てくるはずもない。
「それなら、多分、エリーが今までやってきたことウッカに知られているんじゃないかな」
「え」
「だってエリーのことをよく知っている人たちの前でそんな言ってたら、我慢できなくなって言っちゃうと思うんだよ。俺だってエリーの事悪いようにずっと言われたら我慢できないと思うし」
「……そっか」
確かにそれはそうだと思ってしまった。
ウッカの傍にはルサーナもいるし、もしかしたら―――。そう思うと困った。
「ギ、ギル。どうしよう」
「どうしようって?」
「……今までの事知られているって。ずっと隠してたのに」
「ウッカがどう受け止めているか次第じゃない?」
「……ウッカの元、一回行こうかしら」
「うん、俺も一緒行くよ」
そんな会話を交わす中で、ウェンから奴隷たちと孤児の子たちがやってきたと教えられた。
それなりに公爵領から距離があるはずなんだけど……、というか、ウッカはそんなことを真っ先にしたのねと話を聞いて驚いた。
そして彼らを連れて一回、ナザント公爵領に向かうことにした。




