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ウッカ・ナザントは誰が何と言おうとも私の大切な妹だ。誰よりも大切で、守りたいそんな存在だ。
そんなウッカに私は酷い態度をしている。
私の傍に寄ろうとするウッカを拒絶している。だってウッカが私の大切な存在だとそう思われたくないからだ。私はナザント公爵家の次期当主。ウッカが幸せになるためにも、私はナザント公爵家を没落なんてさせるわけにはいかない。
私が当主になった後、くだらない理由で敗北して、ウッカを不幸にするなんていやだもの。そのために私は何をすること厭わない。私の可愛いウッカ。私が守らなければいけない大切な子。
お父様やクラウンド先生に沢山の事を習っている。そして習った貴族の当主としての、ナザント公爵家次期当主としての生活は決して甘いものなんかじゃなくて、私はいずれナザント公爵家を継いで、厳しい対応もしなければならない。そんな私は、きっと何れ恨まれる事になるだろう。そこで私の可愛い妹が狙われて、大変な目に合うのはいやなのだ。私にとっての『人質』としてウッカが有効ではないとそう思わせるべきだって思う。寧ろウッカが死んでも私は何も思わないとでも思わせたい。長い時間をかけて周りを騙す。私がウッカを大切にしていないって、そう思わせる。
誰が敵に回るかわからないのだから。何が起こるかわからないのだから。たとえ今親しくしている人が将来敵に回ったとしても、《大切なもの》を守るために切り捨てる――。その覚悟を、公爵家を継ぐまでにする。絶対にしなきゃいけない。
お母様のように、目の前で大切な人を死なせるなんて私はもう二度と経験したくない。
「エリー」
「ギル」
私はギルと会っていた。お母様が死んでから一心不乱に動き続ける私をギルは捕まえて、いつも休ませる。
この前倒れてからは私がどれだけ動こうとしても休ませようとする。ギルは私の事を心配しすぎなぐらいいつも心配している。
いつも勉強とかさせてもらえないから、私は抵抗もせずに、おとなしくギルと会話をしたり遊ぶ。ギルとゆっくり会話を交わす時間は、驚くほど穏やかで、安心する。
「ギル、『ヘルラータ』の準備私も手伝っているの。領民の人たちと仲良くなったの」
ギルはあまり自分から話すタイプではないから、私が話題を振ってギルがそれに返事を返すという感じになる。だけどギルが嫌がってないのを知っているから私は沢山ギルに話しかける。こうやって何も気にせずに話せる相手っていうのはあまりいないから、ギルとの時間は好きだと思う。
『ヘルラータ』は大きな祭りで、ギルも知っているものだった。まぁ、ギルも私も実際に『ヘルラータ』の祭りに参加したことはないけれど。
「ねぇ、ギル。『ヘルラータ』に一緒にいかないかしら?」
「『ヘルラータ』に?」
「ええ。お父様の許可も出ているの。準備も手伝っているし、良い機会だから見てきておいでって。お父様はちゃっかりしているから、ついでに領民たちの意見を教えてくれって」
子供の私の方が自然と領民の意見を聞けるってお父様は言っていた。クラウンド先生も、情報収集はこれから重要になるからうまく情報を聞き出す術は学ぶべきとも言っていた。様々な人と会話をする事って、色々なことが学べるし、知れるんだって。
「婚約者は誘わなくていいのか?」
「ナグナ様?」
私はギルの言葉に驚いた。正直ナグナ様の事は欠片も頭になかった。確かに婚約者という存在ではあるけれども、最近は忙しくて会ってもいない。『ヘルラータ』に行く事を決意したとき、真っ先に誘おうと思ったのはギルだった。
だってギルは私の事をわかってくれている人だ。私の、大切な幼馴染だ。ギルと一緒に祭りを楽しめるなら何て楽しいんだろうって想像しただけでもわくわくした。
それに祭りに行って、私は様々な事を学びたい。貴族の令嬢として眉を顰められる行動だってこの祭りの中で行うかもしれない。婚約者であるならばこそ、そういう姿を見せるべきではない。そもそも王族を私が私事で出かける事情に連れていくのもいけない。
王族は、貴族以上に狙われる存在だ。
―――私はまた、目の前で誰かが襲われ、そして帰らぬ人となる瞬間を見れる勇気はない。
なればこそ、婚約者とはいえど王族の方々にあまり会いたくない。必要以上に近づきたくない。そう、思ってしまう。臆病な事だけれども、必死に色々学ぼうとしている私の心はそこまで追いついていない。
「誘わないわ。私はギルと一緒に祭りにいってみたいの」
私がそういえば、ギルは笑ってくれた。
*
『ヘルラータ』の当日、私とギルはルサーナとクラウンド先生と共に(隠れて護衛は居る)街中を歩いていた。
普段の街並みは、姿を消している。
豊穣の女神・ヘルスライは、派手なことが好きな女神とされている。神様を楽しませるための、神様にささげるための祭り。
だからこそ、色とりどりの装飾が町の中を飾っている。
ああ、なんて綺麗なんだろう。目が奪われる。美しいそれを、街の人たちが一生懸命作っていた事を知っているからこそ、余計に目が離せない。
住民たちの、努力の結晶。
私も手伝ったそれらが、街の中に存在していることがうれしいと思った。自分で何かを成し遂げて、それがこうして形になっている事はとっても嬉しい事だった。
「ねぇ、ギル凄いね」
「ああ」
「あのね、私もあれを手伝ったの」
私が一生懸命説明すれば、ギルは何度も頷いてくれて、それがうれしかった。話を聞いていないように見えるかもしれないけれど、ギルは自分からあんまり口を開かないだけで、ちゃんと話を聞いてくれているのだ。
ルサーナとクラウンド先生はそんな私たちの後ろをついてきている。
祭りを思いっきり楽しもうと様々なものを見て回った。
街の人々がどういった思いを抱えているのか、どういう悩みがあるのかそういう事をうまく聞き出しながらだったけれども。
街の人々は皆、祭りを楽しんでいた。笑みを浮かべていた。
自分たちが作った飾りなどを街の外から見てくれた人々が凄いと声を上げてくれるのがうれしいとその目は物語っていた。
自分が何かをして、それで喜ばれる事はとっても嬉しいことだと私は思った。そして笑っているって、いいなぁと思った。
幸せだって、全身で物語っている人々がこれからも幸せであればいいと思った。
祭りが終わり帰路につく中で、私はクラウンド先生に言った。
「私、皆が笑っているのをずっと見ていたいわ」
「貴方様は彼らを笑顔にすることが出来ますよ。エリザベス様は領主の娘であり、いずれ領主となるでしょう。なら、領主となった時に彼らが笑えるような領地経営を行えばいいのです」
「……なら、私頑張るわ」
街の人々とかかわって、その笑顔をずっと見て居たいってそう思ってしまったから。
『ヘルラータ』を見に行った一か月後、私はルサーナをほかの獣人たちとようやく会わせることが出来た。