エピローグ-2
「娘さん、起きませんか?有栖川さん」
「服部先生……」
ベッドに横たわる少女の母と思われる女性は胸を詰まらせていた。
「このまま……娘は、ありす は、目を開くことは ないのでしょうか?」
医師、服部はすぐに返答はしなかった。
「信じましょう。娘さんの力を」
「はい」
ありす のベッドの横には 小さな瓶があった。それには飴ではなく、錠剤が 僅かに残されていた。
数日前、ありす――有栖川ありす は外来でこの精神病院を訪れていた。母は、付添ってきていた。経過は順調だった。――が、その夜、ありす は多量にこの小さな瓶の中身を服用して、深い眠りに落ちた。
「お姉ちゃん? ふふっ 夢を見ていたのよ。そう、小さい頃から、大好きな夢よ。私の世界……」
ありす はうわ言を言っていた。
「娘さん、『お姉さん』の話をよくされましたね」
「先生、ありす は一人っ子で」
「お母さん、また……娘さんが目を覚ましたら、一度、お姉さんの事を聞いてあげてください。そうすれば、『お姉さん』と私が会えて、娘さんの症状が良くなっていくかもしれない」
「はい……」
母は、服部に一礼すると、涙を拭きながら病室を後にした。
ありす は多重人格だった。
『姉』はまだ、服部の会った事の無いひとり。
ありす の中には何人もの人格が居る。
人数はまだ、正確には把握されて居なかった。
ただ、確かな事は……
17歳の『有栖川ありす』は周囲に厳しい主人格『アリス』であり、
基本人格の『ありす』はめったに出ては来ない。
保安人格は『白うさぎ』と 言った。
他には、まだわかっていない。
何が 彼女を苦しめているのか。
どんな傷を受けて来たのか。
想像など、安易に出来る物ではなかった。
服部は、時折笑う ベッドの中で夢を見続ける少女を 憐れんで見た。
カルテに目を落とし、これからの彼女との対話を想像した。
彼女が 再び目覚める事を祈って。