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09 「きみを信じていないはずがない」

初出:2013.01.14.

 ノエリサートの空は今日も高く晴れやかだ。

 しかし、地に視線を落とすと不穏な影がじわじわと染みのように広がっていた。ある部族が軍備を進めている、という噂。顔なじみの商人がこっそり教えてくれたが、最近南部へ大量の武器が密かに運ばれているらしい。

 国が出来上がった頃から燻り続けていた内乱の火種がいよいよ仮初めの平和を焼き尽くさんと戦火に変わろうとしているに違いない、と彼は言っていた。

「お嬢さんも早くリオニアに戻ったほうがいい。若い身空で、いつまで続くともわからんままごとにつき合う義理はないだろう?」

 商人の忠告に、わたしは曖昧に笑い返すしかなかった。

 わたしはリュトリザ連邦の元首であるバノセン・セフィ=ニダと雇用契約を結んでいる壁画修復師トゥルク・オーレンの一弟子にしか過ぎず、師匠がリュトリザにいる限り故郷へ逃げ帰るような真似をできるはずもない。骨の髄まで職人である師匠が請け負った仕事を投げ出すことなど、戦争がはじまろうとありえないのだ――たとえ万が一にも師匠がリオニアへの帰還を言い出したとしても、わたしは破門されようと従うつもりはなかった。

「嬢ちゃんは酔狂だなぁ」

 これを聞いたバノセン議長は、ほんの少し複雑そうな苦笑いを洩らした。

 彼はときどき、ふらりとわたしの仕事場へ現れては、他愛もない世間話を求めたり、じっとわたしの作業を見ていたりする。いったいわたしの何を気に入ったのかまったく謎だが、決して仕事の邪魔はせず、むしろ肩の力が抜けるような素朴で機智に富んだ年上の男性とのおしゃべりはわたし自身の楽しみになっていた。

 ……暇潰しの話し相手、もしも前向きに捉えてもいいならば年の離れた友人だと考えていたわたしは、師匠から真顔で「傭兵に嫁ぐのはやめとけ。というか俺が許さん」と言われてひっくり返る羽目になった。

(そういうつもりなんて、まったくこれっぽっちもなかったんだけど)

 わたしたちの関係がどんな風に噂されているのかと思うと、うっかり気が遠くなりそうだ。師匠には誤解だと口を酸っぱくして説明したが、最後まで疑念がありありと顔に出ていた。間違ってもバノセン議長に見当違いの八つ当たりだけはしないでもらいたい。

「そうですか?」

「充分酔狂だろう。世間じゃ、そっちの見方のほうが正解だろうさ」

 首を傾げると、バノセン議長は肩を竦めた。

「『リュトリザの土の舟がいつ沈む』なんざ、商人の間じゃ何年も前から賭けの的だよ。今回の噂が流れて、いよいよ半年もかからねぇってのが大方の見こみらしいな」

「……本当なんですか?」

「さて、どうだろうなぁ」

 ためしに尋ねてみたわたしに、バノセン議長は飄然と笑みを深くするだけだった。リュトリザの民らしい黒い瞳がすうっと細まり、笑いながらも鋭く冷めた光を宿す。

「俺は俺の仕事をするだけさ。この国に余計なモンを持ちこむ輩がいるなら排除する。リュトリザの流儀に則って、な」

 呟く声の低さに、わたしは目の前の男がいかに苛烈な砂漠の戦士なのかという事実を思い知った。仲間であれば彼ほど頼もしく、敵に回せば彼ほどおそろしい相手はいないに違いない。だからこそ、リュトリザ連邦という砂上の城は少しずつでも確かなものになりつつあるのだ。

「……ではわたしも、わたしの仕事を全うします。壁画修復師の端くれとして、スザニの裔として、リュトリザ連邦の民のひとりとして」

 バノセン議長はひとつ瞬くと、まじまじと見つめてくる。わたしはにっこりと微笑んだ。

「あなたの国の民が、あなたを信じていないはずがないでしょう? わたしが生きて死ぬ故郷は、もうとっくにこの場所なんですから」

「…………嬢ちゃん、そりゃ反則だろう」

 すると、バノセン議長は片手で顔を覆って呻いた。いっそ嘆くような口ぶりに、わたしは再び首を捻るしかなかった。

 ノエリサートの空は今日も高く晴れやかだ。きっとこれからも褪せることのないこの美しい青空が、わたしたちのふるさとの空だった。




(サリヤ・スザニ/永遠の青)

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