01 「ありがとう」
初出:2011.12.07.
彼の最期の言葉は、「ありがとな」だった。
謝罪ではなかったことに心から安堵した。もしも愛しい声に「ごめんな」と死ぬまでささやき続けたら、わたしは発狂してしまったかもしれない。
わたしを見つめる彼の瞳は優しく微笑んでいた。たとえ望まぬ形ではなかったとしても、わたしという存在は確かに彼の心のなかにあり、わたしは愛されていたのだと信じられた。
だから、彼が本当に愛した彼女の顔を見ることができた。
わたしと同じ、けれどわたしではない女の顔。彼の最愛の少女。
彼から預かった手紙と肖像画を渡すと、彼女は小さな子どものように泣き崩れた。声を震わせて「お兄ちゃん」と呼び続ける姿はひどく切なく、そしていくばくかの優越感をわたしに与えた。
ようやく彼女が泣きやんだあと、とつとつと言葉を交わした。淡く幸福な彼との日々について。わたしの知らない少年だった彼について。
彼女はとても素直でしなやかな心根を持った少女だった。彼がいとおしむはずだと、ほんの少し理解できた。
病室を去る間際、彼の形見を大事そうに抱えた彼女はこちらを振り返ると、ほろりと笑った。
「ありがとう、ございました」
甘く苦い涙の味がする、わたしの愛したひとにそっくりな笑みだった。
(杉村綾羽/Love letter)