第一部 一話 気まぐれと転送
街は夕暮れ時。もうすぐ秋の長い夜が始まろうとしていた。街灯に明かりが灯り、人の作った光が視界を埋めていく。
そんな中を僕は一人、家路につく。道を歩きながらふと月を見上げた。雲一つない夜空には孤高の光が輝いている。
「綺麗だなぁ。」
月はいつもそこにあるのに、夜しか僕たちは見ることができない。もしかしたら、僕らが見えていない間にそれを何処かで見て、同じ思いを抱いている人がいるかもしれない。
「その人がいる世界はどんな所なんだろう・・・」
何も変わらない毎日の中、何かを感じることもなく日々が過ぎて行く。ここと同じで窮屈な世界なんだろうか。
そんなことを考えているといつの間にか目の前に我が家が見えてきた。玄関をくぐり、制服を掛け、部屋の椅子に腰掛ける。家は至って静かだ。普通の家であるような、お母さんの夕食を呼びかける声や、リビングに灯る暖かい灯りなんてものは無い。
「ふぅ・・・」
一息ついた僕は、静まり返った自室の片隅で一人本を読む。それはおそらくそれは幼い頃に自分と母を置いて失踪した父の影響だろう。そのせいで母は神経を病み、自分が中学三年の夏に死んだ。今は祖父母が名義を貸してくれた家で一人暮らしをしている。母は気を病む前、父は本を読むのが好きで、よく自分でも本を書き、いなくなったのもきっと本のアイデアを探しに行ったのだ、と言っていた。それが本当かどうかは今ではわからないが、こうして本を読むのは、どこかで生きているかも分からない父の心を一部でも理解できたらと思っているからだ。父を憎んでいないと言えば嘘になるが、父の事だ。何処かで何か自分の想像もつかないような事をしているに違いない。自分でももともと本を読むことは好きだ。やはり紙の本はいい。ただ画面の文字を読むのではない、なにか文字では表せないもっと大きなものが自分の中に得られるような気がする。
数分後、持っていた本を読み終えた僕は、最近になって家の押入れから発見された一冊の本を手にとった。題名は、
「2ちゃんねる 異世界の謎」
なんだこのいかにも嘘くさいタイトルは。なんでこんな本が家にあるのだろうか。疑問を感じながらも、パラパラとページをめくってみる。「異世界にいったAAAさんの話」、「行き方まとめ」・・・あやしすぎる。この本の存在価値すらわからなくなってきた。
とその時、大きく赤ペンで◯のつけられたページが目に留まる。「その場で試せる異世界トリップ」と書かれている。
「ふ〜ん。どうせ嘘だけど暇だしやってみるか。」
だれがなんの目的でこのページをピックアップしたのかは知らないが、試してみる事にした。必要なのは水彩絵具と新聞紙5〜6枚。特別買いに行ったりする必要はなさそうだ。
数分後、本に書かれているとおり、新聞紙を部屋に敷き、絵の具で奇妙な魔法陣らしきものを書き終えた。その上に乗る。
「え〜、次に詠唱する。満たせ、満たせ、満たせ。我の身は汝の元に。此処に誓わん、我、抑止の輪より来りて天地を征く者なり。」
「おいおい、これどっかで聞いたことあるような呪文だな〜。大丈夫かな・・・」
と一人呟いていると、
「嘘っしょ。おいおいおいおい(以下略)」
なんだか視界が赤くなっているような気がする。いや、それは違った。先ほど普通のぺん◯る社の絵の具で書いた魔法陣が赤い光を放っていた。そして、その事実を理解しきれないまま、僕の意識はそこで途切れた。
こうして、僕は何の気なしに行った2ちゃんねるの儀式で本当に異世界に飛ばされてしまったのだった。




