第9話(サイドB)
男性視点です
一方、隣国へ旅立った王太子一行は。
王太子警護騎士団一行は、十日程かかる道程を隣国の王都へ向かっていた。男ばかりの一行なので馬で走ればそんなにはかからないが、贈答品だの礼服だのの荷馬車があるのでどうしても歩みは遅くなってしまうのだ。数日かけて王都へ着くと、王宮へ出向く。王宮では、近くの賓客用の宿泊場所へ案内される。宿泊場所を騎士達が確認している間に、王との接見を許され、セリエと騎士カウンゼルとともに、この国の王の元へ出向いた。
「王は体調が悪いように見えたが、高齢なせいだろうか」
「最近、よろしくないようです。もう72歳ですからね。政務を行えない日もあるらしく、王太子が代行されているようです。明後日の式典には、王位を譲ると宣言されるのではないかとの噂です」
セリエは、さっそくこの国の大使と連絡をとり最新情報を入手しているようだった。同行している文官は、この国の外交部門へ行き、明日の予定を確認してきた。この国の特産物である薬草の取引量についての交渉も、今回の式典参加の目的のひとつなのだ。明日には、関係するこの国の側近と話し合う予定を取り付けていた。
そして、その交渉の場には、王太子の息子、つまり王孫が同席していた。
「この薬草は何処の国でも欲しがっているんだ。なにも、あなたの国と取引する必要はないよね?もっと高く買ってくれるところに売った方が、ね」
王孫は突然こんなことを言った。ただの同席者であるのに。青褪めたのは、この国の担当側近だった。貿易で取り扱うのは特産物の薬草一品だけではない。双方で様々な物品を扱っているのだから、じゃあいらないと言われて困るのは、財政状態が悪いこの国の方なのであった。
「話し合いは改めて行う方がいいようですね。そちらも王の意向を確認なさりたいでしょう。こちらの要求は、先に述べたとおりです。では、また」
相手の挑発に乗るほど馬鹿ではない。青褪めた側近に、冷笑を浮かべてそう告げると、その場を後にした。
「聞きしに勝る馬鹿王孫でしたね。まさか、あんな発言をするとは。うちの王子様は王代理だというのに」
「王孫は好戦的な性格みたいだな」
「戦争をして領土を広げるべきだと、よく学友と話しているらしいです。略奪すれば財政難はすぐに解消できると。各国の大使は、あの王孫が次期王太子ということで動向を注視しています」
やっかいな孫だ。その存在ゆえに、息子に王位を譲らないのだといわれているらしい。王の息子はもう一人いるが、その孫はまだ9歳。暗殺されるのでは、と王の息子は警戒しているという。なんとも、不穏な情勢だ。
式典では、元気そうな王の姿に国民だけでなく、各国の使者達もひとまず安堵していた。くだんの王孫に付く軍部上官はいないようだった。だが、この式典で噂されていた王位継承についての話が出ることはなく、王孫にとって望んだ展開ではないだろう。式典での彼は、あからさまに不貞腐れた顔をしていたのだから。
王の側近とは再交渉し、王とも短い直接会談の場を持ち、特産品の薬草の取引量については正式な調印を済ませた。その後、すぐに他国大使らとの情報交換を口約束するなど慌ただしく日々が過ぎて行った。全ての日程を終え、荷馬車部隊に後から帰国するよう告げる。一行の大半は馬で先に帰国することにした。
途中、北国境警護部隊が守る北の城塞に立ち寄った。隣国との不穏な情勢を伝えるためと、現状を知るためである。部隊隊長の騎士ザイルが眉に皺をよせ口を開く。
「最近、妙な噂が広がっていましてね。今の王妃様が王妃になる前に流行っていた”金髪至上主義”が復活して『王女の髪は血の色をして禍々しい。金髪でない者は欠陥者なのだから他者の目にふれるべきではない』と言いまわってるらしいんですよ」
「そういえば昔、そんな馬鹿げたことを言ってた神官がおりましたな」
「そう。王妃様を気に入らない貴族は多いですから、大方そちらが目的だと思っておりましたが」
騎士ザイルが髪を見る。騎士カウンゼルも、騎士ザイルの視線を見て、顔をしかめる。
「僕の王位継承剥奪が目的か?」
「さあどうでしょう。この国の混乱を期待しているのでしょう。煽っている者達は」
この式典までは、少々オレンジ髪の箇所が点在していたため昔の自分の髪で作った鬘をかぶって公式の場に出ていた。おそらく、王太子が茶髪であることを知るものはまだ少ない。最近、王太子が茶髪であることを知った誰かが、噂をあおっている可能性がある。時期的にみて、隣国の王族の誰か、それとも側近か。誰であれ火が付いた火種を、そのままにしておくわけにはいかない。騎士ザイルに詳しい情報の収集を頼み、王宮を目指した。