第7話
王子様は、直前まで『一緒に行くか?』と言い続けていた。いやいや、諦め悪すぎでしょう。しかも、同行メンバーは騎士様方や文官様など男ばっかり。なぜこんなメンバーに私を含めようと思ったのか、わからないしありえない。女官が一人もいないじゃない。よかった、断っておいて。ほだされて同行していたら、ものすごく目立っていたのでは。それどころか、思いっきりお荷物だったはず。私は引きつった顔で、王子様を見送ったのだった。
見送り後すぐに、私は王妃様の手配によりハイドヴァン家に連れていかれた。
初めてお目にかかる王弟殿下とその奥様は、優しそうな方々だった。これぞやんごとない身分の貴族様、という気品や落ち着きを持ってらっしゃる。王妃様には、そういう形容詞はちょっと不向きで、ごめんなさい王妃様。
養女というのはなんとしても回避したかったのに、王様夫妻の希望でと言われると断れなかった。私が固辞することで、ご夫妻に迷惑をかけたくない。殿下ご夫妻は結婚して3年で、奥様はまだ20歳だというのに、こんなでっかい娘を押し付けられるとは、非常に気の毒だ。
「母というのは無理だと思うから、姉と思ってもらえないかしら」
頬を染めて恥らう、実に美しい初々しい奥様。王弟殿下も陛下に似て美男子だし、家族に入るなんておこがましすぎる。私は、ものすごく平凡なので、美とか品とか繊細とかとは縁がない。王宮では王妃様の存在があるので、そんな風には思わなかったけれど。ほんとに王妃様ごめんなさい。なんだか王様一家の中にあって、美的には王妃様を近く感じてしまうもので。はっはっはっ。心の中で笑って誤魔化しておく。あの方なら、それで許して下さるはず。だいたい、こんな状況にしたのはあの方の仕業なのだから。
「大きな娘で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
一か月近くずっとハイドヴァン家で過ごすことになった。毎日、社交行事がつまっているらしい。早速、今夜から。
ご夫婦に連れられて、舞踏会へ。
初めてのことに緊張するけれど、心のどこかで落ち着いているのは、やはり王妃様の悪ふざけの結果だしと思っているところが大きいだろう。今日の舞踏会で新しくデビューするのは私を除いて2人だけ。一人はこの屋敷のお嬢様で、もう一人はその親戚なんだそうだ。二人とも16歳で、緊張ガチガチだった。特に親戚のお嬢様は。彼女は、貴族の中では地位が下の方らしく、今年中にいい縁を取り付けないといけないと勢い込んでいる。少しでも上の地位の家と婚姻関係を結ぶことが、娘達の目標らしい。そして、私はそのトップクラスの地位の家の娘。ふう、彼女らの羨望の眼差しが痛い。
今年社交界デビューする女性は、待合室の2階から舞踏会フロアに降りる階段で、名前をよびあげられる中を下り、一斉に視線を受ける。中でも今日デビューする3人は最後だ。私が一番最後の登場となり、恥かしいったらなかった。王弟殿下の義娘だから注目されるし、見たら見たで、えって顔に変わる。あまりにも平凡すぎでがっかりするのもわかるけれど、皆様、その反応をもう少し隠してくれてもいいと思う。
王弟殿下ご夫妻のそばで、いろんな身分の高い貴族の方々に挨拶をした。まあ、王弟殿下ご夫妻といえば、王族なんだから当たり前なんだけど。
「ご気分でも悪くなられましたか?」
今は、紹介されたアンシェル氏とダンスしているところ。なかなか男前で、アンシェル家の跡取り息子でありながら、騎士として王都警護騎士団に所属しているらしい。アンシェル氏は微笑んでくれるんだけど、まるで私には関心がないとしみじみ感じる。彼の感情がまるで壁を見ているように動かない。手を取り合った男女の状態で、これはあんまりだと思う。
「申し訳、ありません。今日デビューしたばかりで、緊張、していますの」
つまり気味で答えながら、笑顔を作ってみせる。いけない、いけない。王族の身内になったんだから、そんなのしか寄ってくるわけないのに。
「お美しい髪をしていらっしゃる。光を反射して眩いばかりですね」
お世辞も大変だ、こう平凡な娘相手では。
「ありがとうございます。でも、王妃様のような黒髪にも憧れますわ。艶やかで、世界に一人だけですもの」
あの方も、黒以外にはお世辞が難しい方だった。そう思いながら、何気なく口にした、が。嫌悪感が返ってきた。もちろん彼がそういう感情を抱いただけで、表情に出されはしない。貴族の人達には、薄い色素を美しいとする風潮があるとは知っていた。でも、こうまで顕著に感じたくはなかった。
王妃様ではなく、王弟殿下ご夫妻の話題に変更する。案の定、彼等を褒め称えられた。たった一曲のダンスだったが、疲れた。非常に。
他の男性もダンスに誘ってくださったけれど、アンシェル氏ほどではないにしても、王妃様の黒髪の美しさに賛同してくれる人はおらず、王妃様が貴族の人々に好かれてないことに、がっかりした。王妃様に、その辺をチェックしてきてねぇと言われていたのだ。貴族達に人気がないのは、ご自分でもわかってらっしゃるらしい。
王弟殿下ご夫妻も、あまり社交界には参加されないのに、王妃様とは違ってかなり受けがよい。奥様のハイドヴァン夫人は、さして身分の高い貴族出身ではないが、大人しく夫の影に隠れそうな態度が高評価となっている。王妃様と比較するから余計になのだろう。王女様の社交界デビューが、今から心配になってしまう。
夜も更け、私は王弟殿下ご夫婦と一緒に家路についた。