第6話(サイドB)
男性視点です
父上の許可はもらえたが、母上は許可したくなかったらしい。ミーアの情報を聞きつけ棟に乗り込んできた。ミーアは、はじめて会う世間では伝説化している王妃を、嬉しそうに眺めまくっていた。だが、しだいに母上の行動が貴族の貴婦人らしくないことに気づいたのか、また、妙な顔で母上を見ていた。自分に賛同しないミーアに拗ねた母上は、僕に捨て台詞を残して帰って行った。ミーアは、基本的に媚びることを知らないらしい。母上に対する感想を尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
「王子様と正反対で、思ってることをあれだけ表に出そうとする方も珍しいですね」
ミーアが変顔をするときは、特殊な感覚で考えている時のようだった。
母上は何度もミーアをお茶会に招待した。僕も一緒に参加する。母上は、ミーアになんとか本棟に来ないかと誘うが、いつも王子様の遊び相手ですからと断られていた。それに安心していると、母上はお茶会に妹のマルゲリータを参加させた。まだ8歳で素直な女の子のマルゲリータは、赤毛のために嫌な目で見られることが多く、人見知りな妹は滅多に他人に会わないのに。
この妹がミーアにはものすごく可愛らしく映っているらしい。構い方が半端ではない。これには母上もびっくりしている。媚びを知らないと思っていたのに、売る相手を選んでいただけだったとは。僕のことも母上のことも適当に相手をし、妹にだけ満面の笑顔で声をかける。そんなミーアに、妹もすぐに慣れた。が、あまりの極端さに、母上は別の危惧を抱いたようで、この日は最後まで本棟へとミーアを誘う言葉は口にしなかった。
「ミーアを本棟に住まわせるのは諦めるわ。ただ、ミーアは女の子なのだから、あなたが無理強いしたり、彼女が王太子棟を出たいと望めば、すぐに連れ出します。いいわね」
後日、母上はそう脅しをかけてきた。諦めてくれたのだから、まあよしとしよう。ミーアが出たいと思わなければいいのだから。
そう思っていたのに。
16歳になった時から、時々執務を見学するようになった。17歳には、実際の執務を行うようになった。王位継承者としての一歩を踏み出し、前途洋々だった。そんなある日の晩餐で。
「もうそろそろ王子様の遊び相手は必要ないのではありませんか?」
ミーアが今日の出来事を語った後、軽い口調でそう言った。
すぐに彼女を部屋へ押し込めた。ミーアが遊び相手を辞めたいと思っていると、母上に知られたら。ミーアがそばからいなくなる。そんなことは考えたことがなかった。それは、すぐにでも現実になるということも。いつ、なぜ、ミーアはそんなことを思ったのか。授業についての文句はあったが、ここに暮らすことにも、遊び相手であることにも不満を述べたことはない。
深く考えて出た言葉ではないのかもしれない。だが、ミーアも15歳になり、来年には社交界デビューをして結婚する年頃になった。ここを出て、普通の女性として誰かと結婚する将来を思い描いていたら?
今まで、ミーアがどう思っているか尋ねたこともなかった。来年までに妃にするかどうかを決めるだけだと、思っていた。ミーアもそれに従うだろうと。彼女のことはなんでもわかっていると思っていたのに。
今更、将来のことなど話すことはできない。彼女の口から、遊び相手を辞めたいと言われるのは確実なのだから。それを知れば、母上は彼女の望みをかなえるだろう。母上は権力を使って無理強いすることを嫌う。だから、いつだってミーアは僕に逆らえず従っているだけではないかと疑っていたのだから。
ミーアを体調不良にしたてて、部屋に閉じ込めていたが、3週間ほどが限界だった。セリエも訝っており、解決策もないまま彼女を普通の生活に戻した。
ミーアは、あれから二度とその話題を出すことはなかった。僕があの話題を出すなと訴えていたことは、言葉にせずともわかっていたのだろう。彼女の特別な感覚ゆえに。
僕はそれが彼女への強制になると、知っていた。
あの日から、気付けばミーアを目で追うようになっていた。剣術授業では、セネゲルと仲良さそうに話している。僕とは違う二人の馴れ馴れしさに、ミーア、と声に出さずに問う。すぐに彼女は困ったような仕草で、首を傾け見返してくる。その反応に、少しだけ安心する。
セネゲルは女性としてミーアがタイプではないと知ってはいるが、仲が良いのが気に入らなくて、騎士カウンゼルに年配者に変えてもらえるよう頼んだ。理由がないと却下されたが。
「ミーアは武術指導を嫌がっているのですから、武術指導の授業から彼女を解放してあげればよいのですよ」
「そうしたら毎日、ミーアの時間が空いてしまう」
「女性に必要な習い事があるではありませんか。刺繍などの裁縫や料理などの家事全般です。このままでは、嫁に行けませんよ」
そんな一般庶民の女性に必要なことを学ばせる必要はない、妃になるのならば、というのが父上の考えだった。僕も同じで。
あと数ヶ月で18になるという頃、隣国へ在位40周年の式典へ王の名代として出席することになった。
「ヴィルフレド、彼女は隣国へ同行したくないと言っている。余も、彼女を連れていくのはどうかと思う。使用人としてしか連れてはいけないのだから」
今のミーアと僕は雇用関係でしかないのだから、そうなってしまう。それでは将来、彼女を正妃にはできない。
「ミーアはここに残します」
「彼女を妃に望むか?」
彼女はそれを望まないだろう。そう思っているのに。
「はい」
その以外の答えはなかった。僕だけがそれを望むとしても。