第5話(サイドB)
男性視点です
ミーアと出会ったのは、数年前、地方の鉱山を見学に行った帰りのことだった。
馬車の車輪の具合が悪くなり、修理しないと走れそうになかったため、近くの貴族の屋敷へ宿泊することになった。
その貴族の屋敷では『こんなところへお越しいただけるとは光栄でございます』と大歓迎された。それもそうだろう、僕はこの国の王子で王位継承者なのだから。愛想のいい笑顔を作ってみせる。自分の笑顔の効果は、よくわかっている。少々子供に見られるのは癪だが、この笑顔一つで何をしても許されるのだから。王太子という身分のせいでもあるのだろうが。
会話もそこそこに、疲れていることを理由に部屋へ案内させた。部屋へ入ると、すぐに侍従のティルズが鞄から衣服を取り出し片付けを始める。騎士カウンゼルと騎士ラルズは、部屋に危険がないかを調べている。
「いつここを出発できる?」
側近のセリエに問いかけた。明日中に馬車の修理は完了しそうだが、修理後すぐに馬車で夜の長距離移動は危険なため明後日の朝出発する予定だという。王都まではまだかなりの距離があり、僕の馬車でも一日はかかる。無理に明日出発させるわけにはいかないだろう。明日はここで過ごすのかと思うと、気が滅入る。こういう場合、屋敷の主は、歓迎のパーティと称して、僕を見せびらかしたいはずだからだ。面倒ではあっても、歓迎のパーティに参加しないわけにはいかない。仮病を使えばいつまでたっても出発できないし、理由もなく断れば、何か機嫌を損ねてしまったらしいと相手を大騒ぎさせてしまうからである。
予想通り、翌日は屋敷主のガーデンパーティに出席した。セリエと上官騎士数名とともに。子供同士なら気が合うなど、どうしてそんなことを考えるのか。面倒な子供達を紹介され、相手をさせようとする。冗談ではない。身体が小さいからと馬鹿にするような低脳と話すのも嫌だが、笑顔を勘違いして媚びを売ってくるようなのの相手をするのも嫌だ。だから嫌いなんだ、こういうパーティは。
しばらく相手をして時間をかせぎ、大人達の注意がそれた頃、木陰に腰を降ろした。パーティの参加者には見えない位置だが、庭にいる僕の警護騎士の視界には入っている。
昼日中、直射日光を避け木洩れ陽を浴びるくらいが丁度よい季節だ。さて、どうやって時間を過ごそうかと思っていると。
屋敷の方から、庭木の間をコソコソと警戒しながらこちらへ近付く子供を見つけた。騎士達も注意を払っているのだが、その子は気づいてないようだ。前のガーデンパーティを見ている。貴族の子供にしては、みすぼらしく古臭いドレスを着ている。近所の子供がどこかから探し出してきた時代もののドレスを着てパーティに参加しようとしているのだろうか。あれだけ目立つ格好なら、暗殺など企てているわけではないだろう。こちらが顔を向けると、じっと見つめてくる。笑顔を返してみたが、まるで変化はなく睨むような目で見つめている。もっと近くで見ようと、歩いていく。近付くや子供が手を伸ばしてきたので、その手を捕まえる。庭木に隠れているつもりだろう女の子は、近くで見ると本当に色あせたみっともないドレスを着ていた。
「何をしている?」
「隠れてる」
素っ気ない対応。パーティに参加している子供達とはまるで違う。何の目的でここにいるのかと思えば、王子を見にきたと言う。
「忍び込んできたのか?」
「ここに住んでる。ただ、部屋から出ちゃダメだって言われただけ」
この子供は、僕が王子だと気づかない。パーティに参加している人々の方が気になるようだ。だとしても笑顔の僕に、ここまで変な対応を返されたことはない。こんな邪魔者扱いされるなど。
この面白い子供を、王宮へ持って帰ることにした。
連れ帰った子供は、あの貴族の親類の子で他に身寄りがなく、王宮へ引き取ることを持ち掛けると一も二もなく了解した。王宮への帰路、セリエと僕が乗る馬車に、子供も同乗させる。何故か、セリエには普通に受け答えするのに、僕が質問すると、奇妙な顔を向けてくるのだ。その変顔は、セリエの壺らしい。顔を背けて震えていた。僕も、女の子なんだからその変顔はやめた方がいい、とは思っていた。
まさかその子が、自分に向けられる感情を読めるとは思わなかった。それが本当かどうかはわからないが。
王宮へ帰るとすぐに父上に面会した。視察先の報告と、あの子供を自分のところに引き取る許可を求めるためだ。
「その子を、どうする。女の子では遊び相手にはなるまい?」
「僕に媚びない面白い子供なんです。そばにおきたいと思っています」
父上はしばらく黙って考えていた。そして、セリエに、その子の情報を報告させる。今の段階では、さほどあるわけではなかったが。
「王太子棟に住まわせることを許可しよう。5年後、自分の妃にするかどうかを決めるがいい。今はお前の遊び相手として雇うこととしよう」
こうしてミーアと暮らすことになった。