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第4話

 部屋に帰って、身体を綺麗にする。汗臭いままで王妃様のもとへは行けない。そういった意味では、武術授業のあとは時間がかかる。

「本日はこちらのお召し物ではいかがでしょう」

 ハンナがドレスを持ってくるのを、たらいの湯で濡らした布で身体をふきながら、衝立の横から覗き見る。

「ん? そんなドレス、あった?」

 見覚えのないドレスだった。ハンナは、ふふんと鼻をならすようにして。

「王子様からの贈り物でございます」

 またか。王子様は、不定期でドレスやら装飾品を贈ってくるので、着るものには不自由しない。時々、王妃様や王様からもいただく。お陰で、遊び相手として貰っている給金が貯まる一方だ。その給金は王子様に管理してもらってるから、どのくらい貯まっているのか知らないけれど。


 王宮の本棟奥にある王妃様の好きな庭を訪れる。そこでは小さな黒髪の王妃様が笑顔で迎えてくださった。

「いらっしゃい。待ってたわ」

 大きな声だ。待ちきれないというふうに、手を振っている。美しくはないが、愛嬌のある笑顔がよく似合う。王妃という身分なのに、貴婦人の作法に拘らず、自由なところが何とも憎めない。

「さあ座って、座って」

 王妃様は、身を乗り出すようにして話し出す。

「もうすぐ隣国の在位40周年記念式典にヴイルフレドが出席するでしょう?だ・か・ら、ヴィルがいない間にちょっと社交界デビューしない?」

 お願い、と言わんばかりの期待を込めた顔で私に訴えかけてくる。しかし、その話の内容は、引く。思いっきり、引く。

 無言の私の前に、静かにカップが置かれる。王妃様の侍女は、冷静にお茶会のテーブルを整えていく。さすが王妃様に長年お仕えしている女官だけあって、所作は流れるように美しい。目の前のキラキラした黒い瞳から目を逸らし、テーブルから離すよう身を引きながら、考える。この方は、なぜ『ちょっと社交界デビュー』なんてことを思いついたのか。私は王太子棟で雇われている身だというのに。

「数年後、王女様の社交界デビューの予行演習がしたいのですか?」

「いやだわ、ミーアったら。純粋にお年頃のあなたを社交界デビューさせたいと思って、よ。ね?」

 首を傾げてみせる。王妃様がこれをするときは、何かを誤魔化そうとしている時だ。しかも要求押しつけまくりで。

「私は貴族を親戚に持つ庶民でしかないのですよ。社交界デビューする身分ではありません」

 つとめて渋い顔で、そう言ってみる。社交界は貴族で構成される世界なのだから。そんな簡単なことは王妃様にもわかっているはず、何か考えがあるのだろう。何を企んでいるのか。

「もちろん、あなたをハイドヴァン家の養女にするの」

 ブフッゴホッグオホッゲホッ。

 お茶を気管に入れてしまい、しばらく声にならなかった。ハイドヴァン家というと、王弟殿下のお名前。王族の養女に? 庶民の私を? まったくこの方は、信じられない。王弟殿下はまだ30歳くらいのはずで、3年前にご結婚されたばかり。まだお子様はいらっしゃらない。さっき王妃様は断定する言い方だった。もしかして、もう。

「まさか、王弟殿下に、すでにお話しになってらっしゃるのですか?」

 この方は、思いついたことを着実に実現するための労を惜しまない。今までの経験上、私に話しているということは、すでにその準備が整っている確率が高い。なぜ、その情熱を、ご自分を着飾ることや屋敷の装飾にこだわるとか、普通の貴族女性が好まれることに向けて下さらないのか。

「相談したらぜひって。陛下にも許可もらっているわよ」

 王様にまで話が行ってるなんて。クラクラする。憎めない? 私、そんなこと言いました? 気の迷いでした、ええ、とても。

「王子様はご存知なのですか?」

「まだー」

 王妃様は、王子様に内緒で事を運びたいらしい。私の外出を許さない王子様には反対されると思っているのだろう。

 はぁーっ。

 溜め息をつくくらいしか、私にできることはない。すでに王妃様の計画は、進んでいるのだろうから。黙って進められ、突然、渦中に放り込まれるよりはましだろう。たぶん。

 私の許可を得たと思ったのか、満足した様子で目の前でお菓子をパクつく王妃様を眺めた。私が恨めしそうに見ていたのに、気にしてはもらえなかった。


 王子様との晩餐時、王妃様と何を話していたのか尋ねてきた。

「もうすぐ王子様が隣国へ行かれるので、その間、一緒に遊べると喜んでおられました」

「相変わらずだな、あの人は」

 相変わらずは、あなたもだよ。笑顔で苦々しい思いを垂れ流すのは止めて欲しい。せっかくの美味しい食事なのに。

「母上のお遊びに付き合うことはない。一緒に隣国へ行くか?」

 冗談じゃない。隣国行きが決まってから、一緒に行こうと言われて、何度断ったことか。王様が許可出さないでくださって助かった。『どうしたい?』と王様が尋ねてくださったので、絶対行きたくないですと訴えた。お会いする機会はほとんどなく、その少ない機会には無表情で威厳がある王様を前にすると緊張してしまうのだけれど、実はお優しく心配りしてくださる王様なのだった。

「いいえ。行きません」

 私のやり取りは何度となく繰り返されているのに、王子様は不機嫌になった。まだ諦めきれないらしい。子供の頃はもっと単純だったと思う。けれど、最近の王子様の感情はひどく複雑化してしまい、怒っているのか拗ねているのか気まずいのかよくわからない。大人になったせいかもしれない。そろそろ遊び相手は必要ないのではと思って、昨年そう伝えてみたら、王子様に大激怒されてしまった。王子様が王宮の執務室で過ごされる時間が増えていた頃のことだった。王子様が王太子棟にいない間、私には王太子と一緒に受けていた授業を一人で受けることになった。遊び相手なのに、私一人で教育を受けるのは、おかしい。そもそも、遊び相手といっても、仕事はなく一緒にいることくらいだったのだから。働かずに、雇われているからとお金をもらうのはおかしい、と思うくらいには大人になった。

 しかし、怒った王子様は1か月ほど私を部屋から出してくれなかった。

 以来、王子様は私を見ては複雑怪奇な感情を向けてくる。苛々しているような、苦々しいような暗い感じ。自分を見てそう思われるのは、なんだか居たたまれない。出来るだけ刺激しないように心掛けているつもりだけれど、事態は悪化しつつあるようだった。

 王妃様に『王子様が最近暗くて、何か思い悩んでおられるのではないか』と言ってみたことがある。だが、『陛下に似て、暗いのは性格よ』と軽く流されてしまった。

 事態の改善方法は見つからないままだった。

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