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第3話


 不思議な環境で、5年が過ぎた。私も今や16歳という乙女な年齢になった。なのに。

 「ほらほら、腕が低いっ」

 ビシッと木剣を木剣で叩かれ、腕に振動が響く。ぐっと握る手に力をいれてないと、持っている木剣を落すところだった。

 今は剣術指導を受けている。とはいっても、剣士を目指してというより、習い事といったところ。木剣を縦やら横やらに振り、剣の操り方を練習している。もちろん、乙女な年齢の女性にふさわしい習い事ではない。好きでもない剣術で腕力をつけたいわけがない。でも、どんなにこの授業の免除を願い出ても許可してくれない。もちろん王子様に。

 王子様は、離れたとこで指導の騎士カウンゼルと剣で実技練習中。私とはレベルが違う。

 王子様はこの5年ですっかり変わってしまった。オレンジがかった金髪がすっかり黒っぽい茶髪になり、身長も伸び、可愛らしかった様子はかけらも残ってはいない。ただ、童顔の王妃様に似たのか、顔の彫が浅めで、その分、やさしげな顔立ちとなった。そのため、穏やかな気質の国生みの男神のようだと噂されている。国内には、国生みの神を祀った神殿が多く、どこかの神殿のその神の姿として捧げられた美しい男性石像に似ているという。残念ながら私は“美しい”という形容詞には関係ない容姿に育った。元の素材から、予想できていたことだけれど。

 王子様の髪が、オレンジ金髪だったのが、あちこちにダークブラウンの毛が混ざりはじめ、まだら模様頭となっていたここ数年。このまま混ざった状態なのかと思ったけど、焦げ茶に全部変わった時はほっとした。あのまだら状態のことは、言わない方がいいだろう。今は精悍な美青年であるのに、可愛らしかったなどとは。


「集中しろっ」

 再び木剣が叩かれ、落としてしまう。

「お前は、いつまで経っても上達しねぇな」

 セネゲルは新米騎士だ。騎士カウンゼルはものすごく偉い騎士なので、私のようなひよっこの相手をするわけにはいかない。そこで連れてきているのが下っ端指導要員のセネゲルなのだ。歳は17と若いがその割に腕はいい、らしい。

「私もそれは認める。大体、センスないし」

 運動神経がよくセンスもあれば、女騎士になれただろうけど、そう上手くはおさまらない。運動神経も普通よりやや下なようだし、瞬発力もない。そもそも、剣術なんてものは、センスが必要なのだから。読み合いとか、仕掛けあいとか。無理ムリ。そんなのは一生無理だと思う。

 センスがないから続けても無駄だと何度も訴えているけれど。武術だけでなく、科学、政治学、経済学など他にも不要だと思う授業はいくつもある。そんなものより、将来役立つ裁縫とか女官仕事とかを習わせて欲しい。が、王子様の遊び相手として、おまけで教育してもらっているのだから、文句は言えない。諦めてはいる。その辺りのやる気のなさが表に出てしまい、武術の上達は、なかなか遠い話だった。

「ちょっとくらい努力しろよ。わざわざ俺がきてやってる意味がねーだろうがよ」

「セネゲルは、ここにきたら楽できるからいいでしょ。それより、新しく入ったメリアン、可愛いくない?」

 型通りに木剣を振りながら、話題をいきなり変換する。身長はデカイが、これから筋肉をつけるだろうまだまだスレンダーなこの男は、私と同じく小さいちまっとしたものが好みだ。メリアンは、王太子棟に最近入った女官見習いで、私の侍女の下について働いている。

「おぉ、可愛いのが入ったのか?」

 ふっ、食いつきがいい。そうだろうとも。何せ下っ端騎士に可愛い女の子との出会いは少ないのだから。食いついてきた所に、頼み事を。

「リャクシー神殿に新しい神官様が入られたって知ってる?」

「あぁ。やたら顔がいいってんで、評判になってんだろ?」

「そうそう。って顔じゃなくて、予言が当たるって評判よ」

「予言なんざ、うっさんくせー」

 嫌そうな顔をしながらも、木剣振りつつ話を聞いている。よしよし。

「可愛いメリアンを一緒に連れて行こうと思ってるの。こっそり外出するから手伝ってよ」

「王子にばれたら俺がやばいだろーが」

「侍女のハンナも連れて行くから、もう一人騎士を連れてきて。王子様の執務時間内だから大丈夫だって」

 嫌がるセネゲルを、なんだかんだと説得する。ふっふっふっ。女の子エサ作戦、強し。侍女のハンナも、可愛い系ではないが美人なので、もう一人の騎士も釣れるだろう。この作戦のせいで、私の前の侍女は騎士と結婚している。辞められるのは残念だったけど、双方に喜ばれたのでまあいいでしょう。そういう過去があるので、私の侍女は、騎士と結婚したい女中仲間で激戦ポジションとなっている。王宮警護の騎士ともなれば、その地位が非常に高く、庶民の女性の結婚したい理想の職業トップクラスなのだ。


「何を遊んでいる?」

 冷たい言葉が飛んできた。冷気とともに。

 声の主を伺うと、にこやかな笑顔。和やかに子供に問いかけているかのように。彼の後ろに立つ騎士カウンゼルは、私達に呆れた顔を向けてくる。

「あははは、こいつ上達しなくて困ってるんすよ」

 呑気にセネゲルは私の肩をバンバン叩いているが、王子様のご機嫌は最悪だ。

「そろそろ王妃様に呼ばれてるから、抜けてもいいですか?」

 呑気者はほっといて早く冷気地帯を脱出しようと、王子様に申し出る。まだ時間に余裕はあるが、こんな汗だくな授業は早く抜けるべし。

「また母上のところに行くのか?」

 嫌なら嫌だという顔をすればいいのに、王子様は、大丈夫なのか?と気遣うような優しい素振りだ。相変わらず、愛想のいい顔で。

 そういう素振りが、雇い人の私にまで心配りされるお優しい方、という評判を作っている。女官や侍従達には、あの笑顔のせいで非常に受けのよい王子様なのだった。よく考えれば、私を王妃様の所以外にはこの棟から出さないとか、私を自分のほとんどの勉強に付き合わせているとか、変なとこはてんこ盛りなのに。

「まあ、いい。気を付けて行け」


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