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最終話(サイドB)

男性視点

 時間を遡り、ハイドヴァン家での舞踏会フロアにて。


 フロアを見わたしてみても、ミーアとセネゲルはいなかった。こそこそと一体どこに隠れているのだろう。休憩用の部屋にもいないらしく、バルコニーにいるのかとそちらへ移動した。騎士カウンゼルは窓に近づくのを反対する顔つきだったが。そばまでくると女性の叫び声が聞こえ、バルコニーに飛び出す。騎士カウンゼルも背後についてきた。庭を見渡すが、目が慣れるまで暗がりにあるものは見えにくい。

「王子様、そこを走ってくるのはミーア様では?」

 騎士カウンゼルが示す方に目を向ける。右奥にあるバルコニーから庭へ降りる階段を駆けあがろうとするドレス姿の女性。それを追う、剣を振りかざす男。

 階段に向かって走り出した。階段途中で彼女が手すりの方に身を預けるようにして男の方へ振り向く。追いついた男の剣が彼女をねらって振り下ろされる前に、自分の腰にあった飾り剣を鞘から抜き投げた。この距離なら外さない。背後から彼女の腰に腕を伸ばす。

 投げた剣は男の右肩に刺さった。だが、男が振り上げた剣が彼女の上にあるというのに、彼女は動かない。彼女の腰を後ろから抱え上げ、剣から引き離す。目の前に迫っていた剣は、騎士カウンゼルが横に薙ぎ払った。

 男は彼女だけを見ていた。そして彼女も、階段を背中から落ちていく男を黙って見ていた。ミーアは、彼がくると、知っていたのだ。


 彼女を部屋まで運ぶ。かなり重い。彼女が怪しげなものを身に着けていることは、感触でよくわかっている。金属の鎖でできた鎧のようなものだろう。こんなものを用意できるのは母上くらいだ。死ぬつもりでなかったことはわかる。だが。

「そんなに頼りにならないか、僕は?」

 僕には何も言わない。何もできないと思っているのか。青褪めた顔で黙って俯いているミーア。何も答えないつもりらしい。いつも、いつも。

 部屋を出た。彼女はきっとそばにいて欲しくないだろう。


 数日後、ミーアから手紙が来た。心配かけて申し訳ないという謝罪と、遊び相手という職を辞したいという内容だった。問いたいことも言いたいこともあったが、何一つ文字にすることはできず、返事に記したのは承諾の意味の短い言葉だけだった。それが彼女の願いなら。


 その後、ハイドヴァン家から一か月の療養に出かけたミーアが、あの時の傷を癒すためだと知った。あの日、肋骨の骨折と刺し傷などの怪我を負っていたのだと。僕はそれに気付きもせず、自分の怒りをぶつけていた。そんな自分が愚かだとは思うが、痛いと、辛いとそれすらも言ってもらえないのかと、目の前にいたら詰ってしまいそうだ。

 母上も、今回はさすがに反省している。だが、彼女が誰にも知られたくないと思っているようなので、そっとしておくことになった。このまま普通の貴族の娘として。


 あの事件に関わっていた貴族の家は取り潰されることが決定した。アンシェル氏は、右肩の傷がもとで牢獄で死亡した。残党がいないかを現在調査中だ。隣国の王孫がクーデターを企てた罪を問われているという。本当に企てたのか嵌められたのかはわからないが、隣国との情勢もまた変わっていくだろう。


 しばらくして、怪我も治ったのか、ミーアは社交界に顔を出すようになったらしい。貴族女性の友達もでき、社交を無難にこなしているようだ。

 彼女は、今までとは違うだろう生活の中に、なんて上手く適応していくのだろう。僕はいつもそこにいない人を毎日の生活に感じてしまうというのに。僕も慣れなければならないのだろう。いつかまた、と思わないように。



 ジェイナス叔父に情報をもらい、彼女が参加しているだろう舞踏会に、無理やり入り込む。この身分はこんなときには便利だ。フロアを見ると、ミーアは楽しそうに男性と言葉を交わしながら踊っていた。

 踊り終わった二人のそばで、声をかける。ごく普通の貴族女性をダンスに誘うように。彼女は、男性にまたと言葉を交わし、僕の手を取った。

 久しぶりに見るミーアは、他の男性にも向けていたような笑顔で僕を見た。まるで見知らない人のようだ。余所余所しい態度は、この場では普通なのだとわかっている。これからは、ずっとそうなのだと。


 ダンスをしながら、当たり障りのない会話をする。そうしながら、こんな風に彼とも話をしていた?彼を思っていた?僕のことは?会話とはまるで違うことを彼女に問いかける。言葉にはせず。

 踊る彼女の髪が揺れる。耳元の小さなアクセサリーには、僕の瞳と同じ色のラピスラズリの石がついている。以前贈ったもののひとつだが、彼女はこのセットをよく身につけていた。首には同じラピスラズリと小さなダイヤを組み合わせたデザインのネックレスが、柔らかな曲線を描く胸元へのびている。ドレスは新しく作らせたのだろう。胸のふくらみが少し見えるほどに大きく開いた胸元の流行りのドレスだった。


 ミーア。

 呼びかけると、はっと視線を寄越す。言葉にしなくても、伝わる声。

 昔ほどではない、変顔のミーア。ちょっとアヒル口をして半目で眉がヒクヒク動く。以前、彼女は、僕は裏表が違いすぎるから僕の表を無視すると言っていた。


「話したいことがある。少しつきあってくれないか?」

 その言葉に頷く彼女を、フロアから連れ出す。廊下を進み、いくつものドアを過ぎていった。隣にいる彼女は、素直に僕の腕に手を添えてついてくる。警戒することもなく。

 奥まった場所にある部屋へ彼女を招き入れ、そのまま大きな窓際まで歩みを止めない。この部屋の窓際は、舞踏会場のバルコニーからよく見えた。もちろん顔が見えるわけではなく、室内の明かりに照らされる人影のシルエットが。バルコニーにいる人達がすぐに気付くだろう。ここで男女が寄り添っていることに。

 僕をおいていってしまう幼馴染みに、少しくらいの意地悪は許してほしい。僕との噂になることを。せめて、もうしばらくだけでいいのだから。


 まだ、捨てきれない思いを抱いている僕に、正直に答えてくれるだろうか。

 身分に遠慮することなく本当の気持ちを。

 特殊な感覚がなくても、彼女の嘘なら見破れる。

 だから。


「僕は、ミーアが好きだ。ミーアは?」


 答えて。



~もう一つの The End~

最終話まで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「いつか陛下に愛を」の主人公達の息子のお話はいかがだったでしょうか?

楽しんでいただければ嬉しいです。


おまけがありますので、よろしければ、もう一話お付き合いください。

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