第2話
主人公の名前を間違えてたので訂正しました。
よくわからないまま、王都の王宮に連れてこられ、王子様が住む棟に一緒に暮らすことになった。表裏が激しく違う男の子は、やはり王子様だった。
「言っておくが、僕はお前より年上だ」
にこやかな笑顔で、彼は私に向かってそう言った。その内心が悔しそうだったことは、言わないでおいてあげよう。私は心が広いから。
二人並んで立つと、男の子は私よりも少し小さかった。しかも、王子様の顔は、可愛らしいく子供っぽい。そういうところが、本人も少しコンプレックスのようだった。
その時、私は11歳で、王子様は13歳だった。
私にわかったのは、王子様が私をお気に召したらしい、ということだった。連れてこられてすぐに与えられた部屋は、使用人用ではない。食事も基本的に王子様と一緒。衣服は与えられ、年頃の貴族の少女が着るようなドレスばかり。どうやら、王子様の遊び相手として連れてこられたようだ。王子様が人買いみたいなことをしていいのか?という疑問はあったが、世の中こんなものなのかもしれない。引き取られていた親戚の家に比べて遥かに居心地のいいここに、慣れるのに時間はかからなかった。
「お前は、僕が、怖いのか?」
怖い?なんでまた、そんな発言になったのだろう。もしかして、私の態度が怯えてみえてる? それは仕方がない。表裏違う人物に慣れるのは時間がかかる。最初は気味悪い感覚だったから。
「いいえ」
という返事だけでは、ご不満のようだ。私の態度が怖がっている、と。
「王子様が目の前にいたら、緊張します」
「僕が王子だとわかっていなかった時もそうだった。僕は愛想がいいと言われることはあっても、お前みたいな変な顔をされることはないんだ」
初めて会ったときのことを思い出す。爽やかな笑顔の優しそうな少年だった。どうやら、大抵の人は、あの笑顔にほだされてしまう、ということらしい。ふむ。
でも、私は変な顔なんてしてないと思う。ただ、ちょっと、って思ってるときの顔が、変なのかな。王子様、ちょっと失礼。
「王子様は、あのとき私を警戒していました。そういうことがわかるんです」
こういうことは早めに教えておく方がいいだろう。今後も下手な言い訳をしなくてすむ。ただ、だからといって親戚の家に今更帰されても、困るのでやめてほしい。連れてきた以上、生活の保障はしてもらわないと。
「そういうことがわかるって、どういうことだ?」
よくわかっていない王子様に、自分に向けられる他人の感情をなんとなく感じることができる、ということを説明した。私の感覚を言葉で表すのは、難しかった。
「じゃあ、僕がお前に嘘をついたら、わかるのか?」
「どんな嘘かによると思います。痛いのに、痛くないって言われても、私にはわかると思います。でも、本人がちっとも痛くないと思っていたら、私にはわからないと思います」
「どんな例えなんだ、それは」
「近所のおじいさんが足を挫いたのに、おじいさんは“痛くない”って言って、それは嘘だと思わなかった。でも後で聞いたら、おじいさんは、足の神経がわからなくなってて痛みを感じられなかったらしいです」
王子様は、黙っていた。
ここに来て数日後だろうか、王妃様がやってきた。王子様と居間で本を読んだりお菓子を摘まんだりしているところへ。普通は、女官が先に『誰それ様がお越しでございます』と告げるのだが、それを待たずに、ずかずかと部屋に入ってくる。伝説の王妃様は、本当に真っ黒の髪、真っ黒の眉、真っ黒な瞳の、私と同じくらいの身長の女性だった。
大人? これで? 王妃様は、あまりにも小さくて、彫が浅くて、なんというか大人の顔立ちには見えなかった。つい、じろじろと王妃様を上から下まで眺めてしまう。
「王太子棟に女の子を住まわせるなんて。彼女にとってよくないって、わかっているでしょう? マルゲリータの遊び相手として、本宮に引き取るわ」
王妃様は、私をちらりと見てから、王子様に声をかけた。ちょっと怒ったような表情をしながらそう言う王妃様は、息子の王子様と違って、表と裏が全く差異のない方だった。ここまで感情をストレートに表に出そうとする人も珍しいかもしれない。
読みかけの分厚い本を閉じ、王子様は優雅に立ち上がった。
「ご機嫌いかがですか、母上。相変わらず貴婦人らしくありませんね。彼女は僕の遊び相手ですから、ここに住まわせるのは当然でしょう。父上の承諾も得ています。ミーア、こちらが僕の母だ」
「お初にお目にかかります、王妃様。ミーア・ガーシェントと申します」
王子様に促されるまま、王妃様に向かって、膝をやや曲げ腰を落とし頭を軽く下げる。
「ミーアね。ヴィルフレドの母のナファフィステアよ。こんなところに暮らしていては、どこにもお嫁にいけなくなってしまうわ。私のところへいらっしゃい。マルゲリータはまだ8つだけど、遊び相手としては丁度いいでしょう」
王妃様は私を諭すようにそうおっしゃった。しかし、と王子様へちろり目をやる。王子様は、まるで王妃様の言うことを聞き入れそうにない。何を言ってるんだか、といった心境らしい。
「母上、くどいですよ。父上にも、ミーアをここに住まわせることは報告済みです。だいたい、本宮に行かせて、ミーアが母上みたいなおかしな貴婦人になってしまったらどうするんです」
王子様、母に対してその言葉はどうなのかな? もう少し穏やかな言いようというものがあると思う。王妃様が“おかしな貴婦人”って。せめて変わった貴婦人、とか。
王子様と同じくらい小さい王妃様を前に、王子様はにこやかに厳しい言葉を返す。それに、王妃様は全身で不満を露わにしていた。誰にでも分るほどに。
「ううう、おぼえてらっしゃいっ」
悔しそうな様子で王妃様は去って行った。
しかし、王妃様、それは悪役の捨て台詞では?
王子様と王妃様の攻防は、王子様の勝利に終わった。もちろん二人は仲が悪いわけではなく、これが普通のコミュニケーションらしい。
こうして私は不思議な環境で暮らしていくことになった。