第19話
王子様には外出を禁止されていたけど、ハイドヴァン家で開かれる舞踏会へこっそり参加する。アンシェル氏が来るような気がしたからだ。赤毛の王女様を許せなかった金の騎士団という集団。すでに大半が捕えられたが、彼はまだ捕まっていないと思う。
王女の存在を許せないなら、黒茶髪の王子を許せないのではないか。最終目的は王女ではなく、王子なのではないのか。王子がいなくなれば、王位を継ぐのは金髪のジェイナス王弟殿下なのだから。
そんなことは、王子様も側近も気が付いているに違いない。王太子棟では警護の騎士達がピリピリしているのだから。ここ数日で護衛の人数も増やされていた。
舞踏会フロアの端の方を、エスコート役のセネゲルを楯にこそこそと歩く。ハイドヴァン家へ警護で来ていたセネゲルをつかまえ、参加者の振りをしてもらっているのだ。
「歩き方が変」
セネゲルは、小声で私に耳打ちする。セネゲルの陰に隠れるように気にしながら上半身の方向を変えていると、おかしな歩き方になっていたらしい。
「とりあえずバルコニーに行きましょう。目立つといけないし」
セネゲルは仕方なく私の腕を持って、バルコニーへ連れて行ってくれる。王子様と警護の騎士達に気づかれないよう、普通の貴族の男女のように(たぶん)。
「ミーア。ばれたらやばい」
「今さら言っててもしょうがないでしょう。来ちゃったものは」
あぁどうして乗せられてしまったんだぁ、とセネゲルは嘆いていた。
セネゲルの愚痴は無視して、バルコニーの柱の影から庭を見渡す。今夜は月夜の晩で、庭を明るく照らしている。庭園にも警護の騎士が定期的に見まわっているようだ。背後の舞踏会場の王子の周りには、いつものように複数人の騎士が付いている。私のところは新米の騎士が一人だけ。逃げたことを知っている私を、彼はきっと狙ってくる。王子よりも先に。
「どこにいたら狙ってくれると思う?」
「狙われたくなんかねーよ。騎士が沢山いるんだから、そっちに任せとけよ」
やる気のない返事だ。この新米騎士、腕はいいのに。意欲のなさが問題なのに違いない。
「あの辺り、潜んでバルコニーの様子を眺めるには最適。短剣でも狙える距離だし、いいところかも」
くいっと親指で示された方向には、やや大きめの庭木がありバルコニーからの光も当たらない一角がある。セネゲルに張り付き、左腕越しにそこを観察した。バルコニー側から見れば、なかなかお熱いカップルの抱擁状態だろう。
「もっとグラマーな美女だったら…」
がっくりしながらも、私のお尻をすりすりとなでている。痴漢行為もどきだけど、少しくらいはサービスで我慢しておく。やる気を出してもらわないと、この身が危ない。なにせ上半身は鎖コルセットとかいう王妃様からプレゼントされた防護下着を身に着けており、硬い鎖もどきがいっぱいでゴワゴワなのだから。お尻くらいしか女性らしい丸みは感じられないだろう。それにしても、この防護下着、ずっしり重い。筋力アップのトレーニングには抜群かも。やりたくないけど。
「庭に降りましょ。私が先に歩くから、少し開けてついてきて」
「明かりがないところはヤバいぞ」
「通路の真ん中を通るわ。影の部分はほんの数十センチの幅だし」
私は階段を降り、庭の通路に向かって歩き出した。少し遅れてセネゲルがついてくる。
左の闇から知っている人の緊張の気配を感じ、闇に向かって声をかける。
「アンシェル様?」
一気に恐ろしいほどの強い感情が襲ってくる。殺気。
「止まるなっ!」
セネゲルの緊迫した声。
ガツッ、という音と右胸への衝撃。
ぐっ。
一瞬、息が詰まる。
駆け寄ってくる気配。
ゆっくりと足元に落ちる短剣。
重い防護下着が威力を発揮し、短剣が食い込むのを止めてくれたらしい。かなり痛むので、防護下着の下にまで短剣の先が達したようだ。頭でなくてよかった。
暗がりから2人の男が剣を手に飛び出してきた。膝をついてしまった私の前で、セネゲルが応戦している。
男二人は、私を仕留めたと思ったのだろう。後はセネゲル一人を片付ければいい、と。
「きゃああああああああああぁぁぁぁ」
息を整えてから、大音量の声を上げた。これで庭の騎士達がやってくるはず。そのままバルコニーへ走り、駆けあがる。剣術を習っていても、騎士と剣を合わせられるようなレベルではない。ひたすら逃げるべし。そのくらいはわかっている。ただ、この防護下着、かなり重い。
アンシェル氏が追い駆けてきた。
逃げればいいじゃない。なぜ、こっちへ来る?
階段でドレスの裾を掴まれ、バランスを崩してしまう。バルコニーの階段で、転げないよう階段横の壁に背中を預けながら振り向く。と、ものすごい形相のアンシェル氏が、私だけをみて、剣を振りかざす。
ドスッ。
私の背後から飛んできた剣が、アンシェル氏の右肩に深々と刺さり。
目の前で飛び散る血が、私の頬にかかる。彼が振り下ろそうとした剣は、私の肩に向かって落ちようとする。が、後ろから抱き込むように私の腰を引き寄せられる。目の前に迫った剣は騎士カウンゼルの剣で振り払われた。アンシェル氏の肩からつたっていた血の滴が、飛んでいく剣の後を追っていた。
剣を失い力尽きたのか、アンシェル氏は”なぜ”という瞳で私を見ながら、階段へ背中から落下していった。王子様がすぐ後ろにいたのに、私だけに剣を目を向けていた。王位継承者に剣を向けられなかったのか。王への忠誠をその剣に誓った騎士なのだから。そうであってほしい。
舞踏会場にいた騎士が2人が、肩から血を流している男を取り押さえる。前庭でも騎士達が走り回っていた。
背後では、舞踏会場から大勢の人がバルコニーへ集ってきているようだ。人々のざわめきが増えていく。
さっき剣を投げたであろう人は、黙ったまま背中にはりついている。ひしひしと背後から感じる、怒り。
「僕は出るなと、言わなかったか?」
耳元に、小さな、低い声。血がにじむ破れたドレスの腕を気にしている風を装い、腕を庇うように動かす。ついでのように周囲を見回すが、セネゲルは逃げたらしい。さっきから姿が見えない。庭で男を取り押さえて、そのまま去って行ったのだろうけれど。
何か言わなければ。
必死で頭をめぐらそうとする、が。
考えはまとまりそうにない。
王子様の全身からにじみ出る怒気もたまらない。が、周囲の目も居たたまれない。精も根も尽き果てて動けない状態だというのに。誰かここから私を救出してほしい。
そう思っていると、人々の注目の中、王子様は私を荷物のように肩に担ぎ上げた。その状態で、私は舞踏会場の真ん中をつっきり2階の私の部屋へと運ばれた。よく私の部屋をご存知で。
しかし、こんな派手な退場は、少しも望んでいなかった。