第17話
王女様の子供会に付き添うのも、これで三回目。今日も貴族のお屋敷へ、私と王女様と侍女セシーが馬車でお出かけである。王女様も三回目ともなれば慣れてきて最初ほど緊張したりはしない。最近の何か楽しかったことを話してほしいと言われ、リャクシー神殿でのことを話して聞かせる。侍女も興味津々だ。
「予言する人ではなかったのね?」
王女様が残念そうにつぶやく。
「あの流れ星が消えているわけではなくて、どこかに飛び去っているだけだなんて。そして、また巡ってくる。素敵ですわね」
侍女はロマンチストのようだ。天文学による計算の話が、彼女の中ではどんなドラマに展開されているのだろう。そうこうしているうちに目的地に到着した。
今日もフェンダー紹介所の家庭教師さん達のグループに混ぜてもらい時間を過ごす。今日はフェンダー紹介所所属の方は一人だけで、他の2人は別々の紹介所の方々だった。ちょっと年齢が上で、話題も合いにくく話は弾まなかったが、無難に時間を過ごすことができた。王女様もキツイ言葉にもしょげることなく、対応できるようになっていた。
その帰り道、馬車に乗っていると急に走る速度が増し、車内の揺れが大きくなった。後ろ向きに座っていた侍女が、王女様の方に座席から転げ落ちる。窓の外に顔を出すと、馬車に並走する騎士ウルガンが御者台に上がろうとしているところだった。道は、このまま直進すれば石造りの建物に突っ込むことになる。右か左に曲がるしかない。どっちへ?
「王女様、セシー、座席に捕まって身体を低くっ」
セシーは王女様を庇うように覆いかぶさる。騎士ウルガンが御者台に上がり、他の騎士が残った馬を引き離す。右に曲がる。
「セシー、こっちへ身体を倒してっ。右に曲がるわっ」
私の方へ王女様を引き寄せながら、ドア近くの取っ手を握りしめる。セシーも取っ手を持ち、反対の手で王女様を庇う。グイッと馬車全体に左へ向かう力がかけられ、反対側のドアが開く。が、そこには壁が迫っていた。全体が左へかしいでいく。すべてがゆっくりとした時間の中のように、開いた扉が壁と馬車の間で押し潰されていく。車内左側に亀裂が走り、木片が飛び散る。私たちは、抱き合ったまま、どうすることもできなかった。
御者と馬に怪我を負わせられたため、馬が暴走してしまったらしい。なんとか騎士ウルガンが止めるのが間に合ったからよかったものの、あのままなら大破していたかもしれない。私たちの乗った馬車は、急に右に曲がったため、左へ傾いだ馬車が建物に激突したらしい。助け出されて外から壊れた馬車をみると、これでよく三人ともかすり傷ですんだと思う。半分しか形を留めていない馬車は、それほど無残な状態だった。
通行人や見物人など野次馬が山のように集まってくる。王女様がいることがまた注目を集める理由にもなっているようだ。
野次馬の中から知った感じが向けられ、見回す。と、そこには庶民紳士の恰好をしたアンシェル氏が立っていた。すでに私から意識を逸らし、騎士と言葉を交わしている。違和感を感じながら、王女様と侍女のセシーへ向き直る。騎士達と馬車を調達してくるのを待っていると、人波が押し寄せてきた。騎士達の馬もいるので、とりあえず場所を移動しようとしていると、横の騎士から声をかけられる。
「大丈夫ですか?」
いや、いや、嘘つく気満々で話かけられても。王女様のそばには、しっかり騎士ウルガンと複数人の騎士が警備している。この騎士は子供会行きの警護の騎士ではない。たまたま通りかかった騎士が声をかけても、この事故だから不思議ではないけれど。この人は王女の様子を伺っているようだ。
「みんな無事でよかったですわ。馬車は酷いありさまになってしまいましたけれど」
黙っているのもおかしいだろうと、そう言葉を返した。その言葉が、この人には非常に残念だったらしい。彼はある方へ向いて、首を横に振る。その先には、アンシェル氏など数人の庶民紳士達。みな、散らばっていく。帰っていくのだろうか。私は王女のそばに歩いていく。と、野次馬の中から女性の叫び声が上がった。人々の注意がそちらへそれる中、王女様に向かって短剣が数本投げられていた。王女を警護する騎士によって防がれていたが。騎士達が短剣を放ったと思われる男達を取り押さえようと飛びかかる。巻き込まれないよう去っていく人々の中にいるアンシェル氏を見ていると、彼も私がじっとみているのに気が付いた。驚いたような顔をして、隣の男と去って行った。騎士ウルガンに、私に声をかけてきた騎士も短剣を投げた男達の仲間かもしれないと伝えた。
騒ぎの中、やっと到着した馬車に乗り込み、王女様と私達はその場を後にした。
「まぁ、ミーア様。どうなさったのですか?」
部屋に帰ると、ハンナに驚かれた。ドレスは埃まみれだし、髪も埃や木屑がひっかかっているし、左耳も引っ掻き傷があるようだった。あわててハンナが風呂の準備をする。何ともなかったと思っていたけれど、改めて治療で触られると耳が痛い。薬を塗った布をあてられる。
「王女様の子供会で一体何をなさってらしたのですか?」
子供達と遊んでいたと思ったらしく、最初はあきれていた。子供会の帰りに馬が暴走して馬車が大破した話をすると、急に顔色を変えた。あわてて話を続ける。
「馬車は壊れたけど、三人ともかすり傷だけよ。侍女のセシーは、背中や足を打撲したみたいだから痛いと思うけど。王女様は無傷だったわ」
「例の”金の騎士団”とかいう連中の仕業でしょうか。王女様に対してなんてことを」
風呂に入りさっぱりしたところで晩餐のためのドレスに着替えようとしていると、今夜の晩餐に王子様は参加できないので一人で食事をしてほしいとの伝言が伝えられた。晩餐のドレスを着るのも面倒なので、夕食は部屋に運んでもらうことにした。
翌朝、朝食に食堂へ降りていくと王子様が待っていた。王子様は、”金の騎士団”の拠点を押さえたこと、残る関係者を捜索中であることを話した。
「この件が解決するまでは、外出を禁止する」
「王妃様のお茶会は大丈夫?」
厳しい顔の王子様に、やんわり言ってみる。今日は表も作らないらしい。口元に笑みを浮かべるものの、睨むような目をよこされ、きっぱりと一言が返された。
「駄目だ」
申し訳ありません、と悪いことをしていないのに謝りそうになってしまった。