第16話
以前セネゲルに約束させた、神殿参りの日がやってきた。ハンナとメリアンと一緒に町娘の出で立ちでお出掛けする。
セネゲルと、もう一人の若い騎士カーシュの5人で、どこからか調達してきた馬車に乗る。王宮を出て、お出掛けなんて今まででも数える程なので、日帰り旅行だ、と朝からテンションが高い。ハンナとメリアンは、件の神官様が気になるらしい。知り合いから、かなりハンサムという情報を得ていたからかもしれない。
もちろん、王子様もハンサムなんだけど、男前は何人何度見ても楽しい。でしょ?。
ついでだから、セネゲルとカーシュに、金の騎士団の噂話について尋ねてみる。
「あぁ、そういや誰かがそんな噂があるって言ってたな」
セネゲルがカーシュに向って声をかける。カーシュは御者をさせられているので、おそらく聞こえてない。セネゲルは一人女3人に囲まれて座席に座っている。
セネゲルの話では、20年くらい前、王妃様が王妃になる頃にそういう騒ぎが起こったことがあるらしい。関係した家は、全て貴族の地位と名前を剥奪されたという。王妃様も、色々ご苦労されたようだ。苦労の痕は全く見えないけれど。
「その金の騎士団の名前は、ごく最近耳にしたと思う。王都西の警護騎士団の奴からだったような」
馬車を降りてから、カーシュに聞いてみると、そんな答えだった。
神殿に到着。とはいっても、まだ門をくぐっただけ。ここは誰でも入れる。正面には、この神殿には、祀られた月神の像が立ち、祭壇がある。祭壇に供え物の細かな柄を編んだレースを置き祈りを捧げる。月神は美の女神なので、美しいものを供えることが多いのだ。
そして、神殿の奥の神官様達がお勤めしている建物へ移動する。ここでは金属加工が行われているのだ。見学に行き、くだんの神官様を探す。すると神官様達は、こういう客に慣れたもので、すぐに教えてくれた。ちょうど目的の神官様は、作業場所を離れて他の客相手に話をしているところだった。私達一行も、その客の後につく。神官様は、苦笑しながら、前のお客を帰らせ私達の方を向いた。
うーん、流れ作業的。神官様は、銀髪の長い髪を後ろに編んで垂らしている。不思議な髪型だ。噂通りに、かなり美しい男性だった。
「予言が当たる神官様だと噂を聞き、お話しを伺いたくて参りました」
「残念ですが、私は予言したのではありません。天文学を研究しておりまして、彗星が現れる時期を計算して算出しただけなのです」
天文学の研究者だったとは。この王都では、科学や天文学など様々な分野の研究者が集まりはじめているという。以前は、星々は神の命であり彗星はその死であり凶事が起こるとされているため、彗星が定期的に訪れるという説は認められないし、研究することすら許されなかった。しかし、ここの王妃様はそういう研究に寛容で、興味がある分野の研究には出資してくださることもある。そういう話は、国を越えて広まっているらしい。今や各国から研究者が殺到しており、王都は技術最先端の都市なんだとか。神官様は、そうやって遠い国から旅をしてこられた方らしい。
「あなた方は珍しいお客様ですね。ここは月神様の神殿ですから、星を研究しているなどと言うと、大抵の方は、眉をひそめますよ」
「大きな声では言えませんが、私は王妃様を存じておりますので」
「そうでしたか。しかし、先進的であるがために、王妃様はさぞ非難の目を向けられておいででしょう」
神官様は、ご自分の研究内容から、月や星々を祀る神殿を旅してきたらしい。そういう神殿には、月や星々に関する記録が多く残されているかららしい。ただ、研究者の間で、行ってはいけない神殿の情報がいくつもあるのだという。つまり、研究者は、場所によっては神殿の神を侮辱する行為だとして酷い目にあうことがあるため、そういう神殿や神官の情報を交換しあっているのだ。
王妃様や王女様をよく思わない団体があって心配だと言うと、中でも王妃様に否定的だという神殿をいくつか教えてくれた。研究者の方々は、王妃様あればこその研究天国だと思っているらしく、そういう反王妃の動向には敏感だとのことだった。
「もし反王妃の動向に変化や新しい情報があれば、王太子棟へ連絡しますよ」
なかなか充実した一日だった。くだんの神官様のお話しも聴けたことだし。私が神官様と話している間、セネゲルがメリアンに、カーシュがハンナに話しかけ、それぞれが二人っきりになることを画策しようとしていたとしても。
あまりの満足感に、ついうっかり晩餐で王子様を相手に、神官様のことを話題にしてしまった。遠い国からあちこち旅して苦労なさったこと、遠い国のファッションが綺麗な雰囲気でとてもお似合いだったこと、王都には研修者が集まっていることなど。うかれていたため、王子様のご機嫌急降下に気づくのが遅くなった。
「楽しかったんだね。今日は神殿に行ってきたんだ?」
しまった。内緒にしていたんだった。なのに、なのに、なのに。うっかりすっかり忘れていた。自分を今更呪ってみたところで、口から出た言葉が消えてくれはしない。
「ええ。すごく楽しかったです」
こうなったら開き直るしかない。メインの食事が終わっていたことに感謝しよう。でなかったら、消化不良を起こしそうだった。
「誰と出かけたの?」
「ハンナとメリアンです」
一応、セネゲルとカーシュはただの警護係だから言わないでおく。
「そう」
王子様の私を見ないでのその一言は、私に結構なダメージをくらわした。じりじりと無言の圧力とでもいうか、こちらの後ろめたさをこれでもかと突いてくるというか。
満足な一日だという気分は、夜を前にきれいに消滅してしまった。