第13話
最後の舞踏会で、アンシェル氏が驚いた理由がわかった気がする。王子様が、茶髪だったからだ。王女様の髪を酷いもののように噂していたのだから、王子様のこともどんな風に噂するつもりなのか。クスクス笑いながら、楽しそうな社交界の人々。誰かがでっち上げた噂でも、面白ければいい世界。王妃様達が苦手なのはわかる気がする。噂だけで国が揺るいだりするんだろうか。たかが色が濃い容姿であるというだけで?
あの後、王女様が今年から王宮外の子供会(貴族のご子息達の交流会)に参加する、と王妃様がおっしゃってた。王女様のことを、かなり心配しておられるようだった。それも無理はない。あんな噂が流れている貴族の屋敷に行くとなれば。もちろん出席する主催者は厳選なさってらっしゃるだろうが、参加する子供たちは様々だ。子供達は親の考えを良くも悪くも正直に反映する。13歳の王女様は、子供会へ参加されるには遅い年齢だ。将来社交界へデビューすることを思えば、ここで慣れておくのがいいのだろう。王妃様に似ず、おとなしく穏やかな性格なのに。
そんなことを考えているうちに、眠っていたようだった。
「ミーア?」
耳元で王子様の声がする。
「大丈夫なのか?」
私の額の髪をかきあげているようだ。
王子様が?
目をあけると、至近距離に王子様の端正な顔があった。
えっ、えっ、なんで?
パチパチと目をしばたく。やっと思考が眠りから覚めた。あたりは暗くなってしまったようで、燭台に火が灯されている。
「王子様、何してるんですか?」
「夕飯は部屋で取るって聞いたから」
心配してくれたのかもしれないが、ここは女性の寝室なので、入るのは遠慮して欲しかった。王子様は、貴婦人扱いがどうも中途半端でいけない。今は、”まだ”子供で通すつもりなのか。駄目でしょう。私はもう16歳なんだから。
「そんな日もあるんですよ。王子様だって、そうでしょ?」
「そんな日はない」
「嘘を言わないで下さい。部屋で給仕されずに皿を沢山並べて食べるの好きだったじゃないですか」
「……その時はミーアがいた」
私が一人で食べたがってると思ったのかな?晩餐用ドレスに着替えて、決められた時間に給仕されながら食事するのが面倒だっただけなんだけど。
「そういえば、お腹すいたわ」
控えていたハンナを見つける。ハンナは頷き、寝室から出て行く。
「もう夜8時だ。いつから眠っていたんだ」
「夕方前からかな? さあ、部屋から出てください。私は今から夕食なんですからね。だいたい女性の寝室に入るなんて、失礼でしょ」
ベッドから降りると、王子様はベッド上のガウンを私に羽織らせてくれる。それは侍女の役割なんだけど。王子様、部屋から出る気がまるでない。しかも。
「ハンナ、僕にはお茶を用意してくれ」
はぁーっ。ため息をつきながら、王子様に続いて隣りの部屋へ移動した。
久しぶりに穏やかな王子様がいる。ハイドヴァン家から帰ってきてからは、様々な暗い感情の渦巻き状態だったのに。お茶を飲む王子様の前で、ガツガツと夕飯を食べていく。食欲ないと思ってたのは、気のせいだったみたい。
「王女様が出席される子供会に付き添いたいんですけど」
私の発言で、辺りは凍りついた。いや、凍りつく空気が王子様から一気に溢れ出したというか。
穏やかな雰囲気を読み間違えた?そんなことはない。ということは、私の発言内容がお気に召さなかったらしい。勝手に王子様が居ない間に王弟殿下の屋敷へ行っていたし。反省の色もない態度ってことに、なってるよね。
沈黙。
その、後。
「いいだろう。また母上の頼みなんだろう?」
どこかを見つめて、ぽつりと答えた。凍りついていたのが、ゆっくりと溶ける前に煙になって消えていくような、儚さというか淋しさというか残念さのようなものが漂った。一体どんなことを考えているのだろう。
翌朝、王妃様に、王女様の子供会へ付き添いとして参加したいと手紙を書いた。付き添い人は母親だったり家庭教師だったり親類だったりする。私は家庭教師ではないけれど、何度も王妃様のお茶会で王女様ともお話ししているから親類もどきということで大丈夫かなと思って。そうすると、二つ返事で了解の返事がもらえた。王妃様が参加することは出来なくて、家庭教師は複数人ついているので誰について行ってもらうか悩んでおられたらしい。
王女様からも、初めての子供会に付き添ってもらえて嬉しいと手紙をもらった。この可愛らしい文面が、可愛いもの好きをうずうずさせる。うるうるした黒茶の大きな瞳が少しはにかんで『うれしいです』なんて言っている場面を想像してほしい。思わず頭をなでなでしたくなってしまう。子供の頃は、そんな王女様をついつい構ってしまい、王子様がよく不貞腐れていた。今はさすがにそんな態度は出さないけど、思っているのかもしれない。昨晩の不機嫌さは、きっと。