第1話
屋敷で開かれているガーデンパーティに王子様がきているらしい。一目見ようと庭木に隠れながら、パーティ会場に近づく。この国で、この世界でただ一人黒い髪を持つ王妃の息子、という王子様はぜひ見てみたい。そう思っても、当然でしょ?
王都から遠いこんな田舎に、王子様がやってくる機会なんてそうそうない。黒髪の王妃様の子供でなくても見たいと思う。ここは田舎町にある貴族の屋敷。そこの主の妹の娘が私。2年前に両親が事故で亡くなって、引き取ってもらっている。優しくしてもらえるわけじゃないけど、育ててもらってるから文句はない。母はここの貴族の妹だけど、父が家具職人だったから私は庶民。だから、こういうパーティには参加どころか、部屋から出るのすら禁止される。庶民の子供では、招待客に紹介できないから。いろいろ身分差っていうのは面倒が多くて困る。
私の話はいいとして、着々とパーティ会場に近寄り様子を伺う。青空のとってもいい天気なので、景色がよく見える。貴族らしき男性数名と騎士姿の男性が数名、近所の地主さん夫婦やら街で名士と呼ばれる貴族ではないが身分が上とされている方々が招かれている。着飾った8~13歳くらいの子供も数人参加しているようだ。
もっと近くに寄らないとどれが誰やらわからない。庭木の影に隠れながら、子供たちの方に向かって移動する。途中、男の子が庭木のそばに座っているのが見える。会場の人達からは見えない位置に。でも、そこを通らないと、私は会場に近づけない。邪魔だ。とっても。はやく退かないかなと思いながら、視線を送る。どっかいけ、どっかいけ、どっかいけ、と念じながら。通じる訳ないけど。
と思っていると、男の子が、こちらを見た。視線は感じてくれたようなのに、退く気配はない。じーっと、両者の睨み合いが続く。
が、睨んでいるのは私だけだろう。男の子が私を不審者として声を上げたら、私が困るという状況なのだから。なぜ黙ってこちらを見ているのか、さっぱりわからない。
しばらくすると、男の子は立ち上がり、こちらに歩いてくる。隠れるつもりなどなく、どうどうと庭木の間を。おいおい、ちょっと、待てっ。
見つかるじゃないか、と隠れている庭木の上から頭を出して、人々の方を見渡す。こちらを見ている人がいないか確認するが、誰も注意を向けてこないようだ。ほうっ。
「何をしている」
腰を屈めて胸くらいの高さの木に隠れているのに、その私に向かって声をかけるなんて。状況が読めない子供だ。男の子の口を押さえようと右手を、男の子の手首を下に引っ張って腰を屈ませようと左手を、男の子に向かって伸ばす。その両手は目的を達成できなかったが。
「隠れてるんだから、ばれるようなことをしないで」
私のそばで立っている男の子に小声で訴える。伸ばした両手を掴まれたまま、上から視線が向けられる。手首押さえられているから顔上げにくいし、上げたくない。腰を屈めた姿勢で、只今、結構つらい体勢をキープ中。しかし、私の後頭部に向けてビシビシと不信感が降り注いでくる。男の子は、かなり、不機嫌なようだ。手を放してほしいと、手首を動かしてみたり腕を引っ張ったりと、沈黙の中、手の攻防を展開する。が、振り払えない。たとえ私より小さくても男の子だし、仕方ないのかも。
「手を離してくれない?辛いんだけど(この体勢)」
攻防を諦め、体勢維持に疲れた私は、上目でちらりと男の子の様子を伺う。
笑顔の男の子の顔が見える。青い空を背景に、キラキラと光りに反射した少し巻き毛の金髪が、風に揺れている。背後から後光が差しているんじゃないかってくらい爽やか感抜群の景色が目上に存在している。なのに。
「何をしている?」
鈴を転がしたような、可愛らしい少年の声が降ってくる。遊んでいるの?、みたいな子供の誘い言葉のよう。ちょっと興味をもった少年が問いかけるにふさわしいトーンで。
なのに、なぜか、男の子からは、不信・警戒といった、思いっきり暗い感情しか漂ってこない。ここまで表に出ている様子と内にもつ感情が異なっている人を見るのは、初めてだった。しかも、子供だし。
私は、自分に向けられる他人の感情がわかるという特殊な感覚を持っている。そのせいで、他人の嘘を見破ることができる。それはいいのだけれど、見破ってもあまりいい気持ちはしない。嘘は嘘として騙された方がいいのではと思う。
それにしても、これほど表と裏が違う人はいなかった。嘘をつくときには、たいてい後ろめたい思いを持っている。しかし、この男の子からは全くそんな感情は見受けられない。いっそ見事なほどに。嘘というより作り笑顔なのかな。
男の子から焦れたような思いが強まってきたので、言葉を返す。
「隠れてる」
こわごわ上を見上げながら、端的に。
解放してはもらえない。目上に広がる景色の違和感に、気持ち悪さを隠せない。きっと私の顔は、変なものをみているような表情になっているだろう。
「なぜ?」
そのままの状態で、男の子が再度問いかけてくる。
「王子様が来てるっていうから、見にきた」
正直に答えた。この気色の悪い状況から、早く脱したくて。王子様が見れなくて残念だけど、この状況は心臓に悪い。このままでは、なんだか関わってはいけない世界に足を踏み込みそうな感じがする。
じりじりと後ずさりして、手を抜こうとしてみる。逆に引っ張り返され、それ以上後退できなくなってしまった。
こんな緊張感、嫌いなんだけど。
「忍び込んできたのか?」
「ここに住んでる。ただ、部屋から出ちゃダメだって言われただけ」
早口で答える。さっさと答えて、解放してもらわないと。
ようやく、男の子は手を離してくれた。今の内に、じわじわと後ずさり、男の子と距離をおく。男の子は、警戒感は薄れ、興味の方が膨らんできたようだ。目の前で女の子がビクついていれば、そうかもしれない。
「どうして部屋から出てはいけない?」
「庶民だから」
ジロジロとこちらを見てくる。興味深々で。私って、ターゲットにされた昆虫な感じ?
困るよね。困る。
捕まえる気満々? 何かそんなに興味引くようなことが?
このままではまずい、本格的にここから撤退しようと、周囲をうかがってみる。
こちらへ向かって歩いてくる、貴族らしい男性が見えた。その男性の目標は、ここにいる男の子らしい。私はこの場から逃げようと、くるりとパーティ会場に背を向けた。腰をかがめたまま走り出そうとして。
そこへ、後ろから。
「そこを動くな」
男の子は、はっきりとした口調で言い切った。命令しなれている口調だ。
ゆっくりと、背後の男の子を見やる。
少しオレンジがかった金髪を風になびかせている男の子は、こちらへ深い青色の瞳を向けている。
この透けない瞳の持ち主が、もしかして王子様、だったり、する?
腰をかがめたまま後ろを振り向き硬直している状態を、やってきた貴族の男性が声をかけてくるまで続けていた。ものすごく間抜けな状態であったらしい。
貴族男性は、その時の姿を何度思い出しても笑えてくると、爆笑ネタの一つとしてその状況を詳細に記憶し、忘れてくれることはなかった。