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第1話 Turning oN――それは高入生がもたらす転機

渡辺光一が語る前回の『それは』!!

謎のライト・ホープライトが取引されていた。それを誰かが止めたぞ。そいつの正体、誰だろうね~♪(´ε` )

そいつは、紫の氷属性だったそうな。色と属性が噛み合ってませんな( ̄▽ ̄)


残念ながら、前の話はプロローグ的な感じで構成されたので僕の出番はここまでになってしまった。さあ本編スタートだっ!

 ゆめがわ学園高校は、中高一貫校、夢路川学園中・高等学校の高等部である。とはいえ、中学で終わりにしたり、高校から入ることも可能。中学から入った者は中入生、高校から新たに入った者は高入生と呼ばれている受験校だ。

 夢路川学園からは、有名大学へ進学してゆく生徒が多数いる為、遠くから電車で通学する者も多い、と言うより、大多数となっている。

 その通学路を、一人の少女があるいていた。この学園の生徒で、黒に金縁のブレザーに青でチェックのスカート着用。加えて、ネクタイも青い。流石に『川』という名称が付けられているだけあり、基本カラーは青だ。

 桜のピンク色が咲き誇る一本道の坂を歩くその少女は、髪を後ろで結び、赤いリボンで馬の尻尾の如く結びあげている。いわゆるポニーテールだった。歩く振動で揺れている髪は、桜が風に揺れるのと同じ風も受けている為、なびきながら上下する形になっている。

 肩に担いでいる黒い鞄に付いているネームカードには、『つきのぞみ』と、女子らしい綺麗な文字で書かれている。どうやら、彼女の名は睦月のぞみと言うようだ。

「今年から夢路川学園の生徒かぁー……」

 桜を見ながら感慨深げに呟くのぞみ。何を隠そう、彼女はこの学園の高入生であった。その為、通学路を通るのは、人生史上初めて。尚且つ、この道を通るのは、電車通学する者ばかり、つまり自分と同じく電車通学の仲間がたくさんいることになるのだ。胸が踊るのも無理はない。

「あいつに会えるかな?」

 呟きの続きを展開する。この高校に通うのは、中学受験で入った者、高校受験で入った者の二種類。中学受験のときに、友人と別れてしまい、再び一緒に学校生活を過ごす為に頑張っていたのかもしれない。

「うーん…………」

 思わず目をつぶり、妄想にふける。

(これからの生活は、前とは大きく変わるし、頑張らないと置いてかれちゃうな。きっとあいつも多少なりとも勉強してきたんだろうし、ね)

 視界から桜の花は消えゆき、彼女の脳裏に映るのは、これからの生活。新しい友達もたくさん出来、中学とはまったく違う周りの人で、スタートを切ることになる……。

 どんっ

「わっ」

 今後の生活を考えながら歩いていると、前を歩く人にぶつかった。目をつぶって歩いていたのだから致し方無い。背中と思い切りぶつかった額を押さえつつ、相手に謝罪する。

「あっ、ごめんなさい」

 謝罪の言葉に反応し、今ぶつかってしまった少年はふとこちらを見た。ゆっくりと、重量感ある動きで。

 彼の制服は、同じ高校なので、上半身は同じ。男子である為、黒と白によって彩られるチェックのズボンを着用している。

 まとわりつくような髪で、頭という球体にぴったりとくっついているタイプの形だ。その残りが、周りにもやもやとついている。

「……ってあれ、……さく?」

 首だけ向いた顔を見て、はっとし、謝罪の後に続けるのぞみ。そう、彼女の言う『あいつ』とは、『咲夜』のことだったのだ。

「……っ!?」

「咲夜?」

 しかし、当の昨夜は、のぞみを見て、あからさまに驚愕すると、くるりとのぞみに背を向け、逃げるように小走りで離れてゆく。

「ちょっと、咲夜……?」

「…………!!」

 口を噛み締めていた咲夜は、移動方法を小走りから本気の走りに変更した。のぞみは突然のスタートダッシュに反応できず、あっという間に、十数メートルの幅が二人の間に出来てしまった。

「待って!」

 遅れたものの、走りだして引きとめようとする。

「ボクだよ! のぞみだよ! 忘れてないよね!?」

 遠くから呼びかけるが、咲夜は全く応答せずに去ってしまった。


○○○○○○


 高校一年生教室は、新校舎の二階にあった。一階は職員室や食堂、二階は一年、三階は二年……という風になっている。旧校舎は、同様の配置で、中学生が使用している。

 石段を登り、ガラス質の扉を開けて中に入る咲夜。ウォーキングシューズを脱ぎ、自分の番号の靴箱――一年二組二十四番――に入れる。使うのは、今日が最初の使用である為、上靴と入れ替えることなく、肩に担いだ鞄から、青い袋に入った上靴を出し、履きかえる。

 のぞみを振り切ったことで、足取りは元のようにゆっくりとした重量感あるものに変わっていた。先程までのスピードが嘘のようだ。

 階段を登りきり、二つ目のクラスのドアの前に立つ。

 ガラララ

 至って迷わずに、彼はドアを横にスライドし、開けた。入ると、ほとんどの人数がいた。咲夜も、のぞみと同じく電車通学だ。そして、そうなるのは家が遠い者ばかり。となれば、彼が来る頃には既に多数のメンバーが揃っていることになる。

 咲夜は、その中に、中学からの友人の姿を見つけた。友人は咲夜を見るなり腕を大振りにしてにこにこ笑う。

「おお、咲夜!」

「……こういち

 友人――光一は、咲夜とは対照的に、快活な顔をしていた。髪は、綺麗にまとまっており、さらっと首に向けて下ろしている。長さは、校則に違反しない、首ギリギリ。

「また同じクラスだね。これも腐れ縁てやつかな?」

「……多分な」

 光一の言葉に応える咲夜。腐れ縁とはよく言ったもの。光一と咲夜は、中学の間、全て同じクラスであった。七クラスある為、かつてのクラスメイトと同じクラスになることは難しいのだが、これだけ連続して実現されるとは、光一の言葉は的を射ている。

「教師はどうした……?」

 ふと、担任の先生がいないことに気づき、くるくると辺りを見回した。やはり、先生はいない。見えるのは、新たな同級生の姿のみ。

(最初の登校日では、教師がいて、指示をするだろうと思っていたのだが……)

「ああ、先生は忘れ物を取りに行ってるんだ。『このメンバーで集まるのは初めてなわけだから、本当は目を離しちゃいかん』とか言ってた。良い先生だと思わないかい?」

 咲夜に、先生がいない理由を、教師らしい貫禄ある口調も交えて告げると、笑顔になって、声を立てて笑う。この男、笑いの沸点が低いのいかもしれない。何故笑ったのかはわからないが、恐らく、先生のマネ声が自分で笑えたのだろう。

「光一は笑いやすい」

「まあ、それも仕方ないよ。人それぞれだから」

 その後しばらく、雑談を続ける二人。

「春休みは、どうだった……?」

「それがね、僕が聴いてる英語のラジオ講座で、"three sick sheep(三匹の病気のヒツジ)"を、母さんが『スリーシックシープ』じゃなくて『スゴイセクシー』って――ブバッ――くくくくく……」

 咲夜の問いに答えつつ、途中から腹を抱えて笑う光一。実に笑いやすい。こうして、自爆しながら喋らないでもらえると、聴きやすくてありがたいのだが、『人それぞれだから仕方ない』と彼は返すことだろうから、咲夜は黙っていた。

「お、ドアが開いてたね。寒いし、閉めとこ――」

 冷たい空気は、暖かい方へ向かって入る仕組みになっている。その為、入り口に最も近い光一の席は肌寒いのである。だから、彼はドアを閉めようとしたのだが、

「あっ、ボクが閉めますよ」

 ガシッ

 咲夜の次に入ってきたのぞみが、入るついでにドアノブを先に握り、自分が入った後に、後ろ手で閉めた。それを見て、顔をひきつらせる咲夜と、にこっと笑う光一。

「のぞみ……!」

「おっ、ありがとう」

 のぞみを見た途端、咲夜は何も言わずにスタスタと離れ、自分の席(左から四番目の最後尾)に座ってしまった。それを見て、ふと思いついたように彼女に質問する光一。

「君、知り合い?」

「あっ、はい、そうです」

 初対面の為、敬語を使ってくるのぞみ。

「ふーん……」

 息を吐いた後、

「よくわからないね、どうして咲夜が避けてるのか」

と呟いた。

 その直後に、前のドアが勢いよく開いた。その為、ドアと金属がこすれあう音は数秒とかからず終わる。

「遅れて済まない、席につけ」

 ごつい体型の、たてがみのような髪型の教師が入ってきた。忘れ物をとってきたのか、脇にはプリントを数十枚抱えている。生徒らに配る為のものだろう。

 先生に言われて、のぞみは他の生徒と共に自分の席についた。その席は、番号順であった為、咲夜の左のさらに左となった。

「まず、忘れてきた席順プリントを先に配っておく。大事にしておけ、最初の方は間違えやすいからな。後で、掲示係を決めて、貼り付ける」

 剛力そうな割に、丁寧かつ親切な教師である。普通、このようなプリントは配らない。ただ、机の上に番号の紙を置いて終了だろう。掲示係が貼り付けてくれるまでの期間までしっかりと考えてあった。

 席順と番号は次の表の通り。



一年二組 番号表(全三十五人)

  前

1 7  13 19 25 31

2 8  14 20 26 32

3 9  15 21 27 33

4 10 16 22 28 34

5 11 17 23 29 35

6 12 18 24 30

※十六番までが女子、十七番から男子


くろ咲夜…二十四番

わたなべ光一…三十五番

つきのぞみ…十二番



 人がいなくなったことで周りのスペースが広がっていくのを見ながら、光一は腕組みをしてぶつぶつ言っていた。

「何故、咲夜がのぞみさんを避けるかは分からないけど、かつての友達であったことは間違いなさそうだね。昔、二人の間には何があったというのかねえ」

 先程の疑問を解決しようと思考し続けている。

 このときだけは、光一の目は、咲夜との会話時のように笑っておらず、真剣だった――。


○○○○○○


 時が経ち、始業式も終わった。その後、早速授業が始まる。ごつい担任教師――いわながと名乗っていた――は教室を離れ、数学教師が代わりに入ってくる。その名札プレートには、『おおみや』と印字されていた。大宮はインテリ風な、スマートな黒縁眼鏡をかけている中年の男性だった。先程の岩永も中年であったが、シワの数は大宮の方が若干多い印象を受ける。

 自己紹介、使う教科書の説明などの単調な説明の最中、光一は自分の周辺を見回した。先生が比較的早く来た為、多くの者とは話せていない。それに、説明をしっかりと聴いておくタイプでもなかったのだ。

 また、クラスの人の行動を見ておき、今後の関係作りに役立てたい、という冷静な判断も一部含まれていた。

(一人目~)

 心の中で言いながら、視線を二つ左の席へと向ける光一。その先は、自分と同じく列の最後尾であり、咲夜とのぞみの間でもある十八番に向けられていた。

 そこにいるのは、髪をさらりと下に下ろしているものの、途中からねている、光一と似て非なる髪形である生徒。

 席順について、十六番までが女子で、十七番から先が男子という構造になっているのは、前述の表通りで、すなわちそれは、十八番の生徒が男子であることを表している。無論、制服も男子のズボンだ。

 しかし、その顔と体格は、男子のものとは考え難かった。

 つりあがっているが、綺麗に澄んでいる目。

 強気そうに見えるが、引き締まって小さく見える顎。

 そして何より、背が低く小人のような体格。

 主にこの三要素が、彼に、『格好良い』というよりも『可愛い』という印象を付加していて、席表と制服により確認しなければ男子であると理解し辛いこととなっていた。

 彼女――もとい、彼が胸ポケットにピンで付けている名札プレートには、『やま』と書かれている。彼の名は、小山理央りお。光一と咲夜の友人で、三人組トリオを結成していた中だ。三人の中では、いや、学年全体の中でも、体育に特化した野生的な男。

 暗い咲夜、明るい光一、野生の理央。この三人が何故、友達として、話題がズレることなく今まで上手くやってこれたのかは不思議なことだったが、光一はさして気にしていなかった。それは他の二人も同様だった。人間、このように細かいことを気にしない関係が、成功を見るのかもしれない。

 理央は、時折ボールペンをカチカチ動かしたり、くるくる回したりして遊んでいた。

 ふむと、別の人間を探索する。これからは番号順に、特に個性が強い生徒を少しずつ見て回るつもりでいるのだ。それだけのことをすれば、充分、授業時間潰しとしては成立する。

 このような行動ばかりだが、成績は、去年学年トップだった。だが、こういう行動は余裕の表れではなく、単に成績を気にしない人間性によるものだった。『笑いやすい』という指摘にも、『人それぞれだから』と答えていたような男なので、授業中も独自の動きが多い。

(二人目~)

 彼が次に視線を向けたのは、理央の列の最前列の女子。青い、深い海のような雰囲気をまとっている。長い髪をストレートに下ろしている。委員長タイプといった感じを受ける容姿だった。

 光一は、彼女も知っている。名は、みずかわうた。委員長タイプという見方は大正解で、率先して委員会系統の仕事に絡んでくる生徒だ。光一は単に勉強ができるだけだが、彼女の場合は本当の意味で秀才。思考・行動がきちんと伴っている、真にきっちりした人間。

 その為、わき目も振らず、先生の話をしっかりと聴いて、持ち物をメモしている。

(……凄い集中力)

 つられて黒板を見た。が、予想通りの黒板内容で、あの白い文字に、重大な意味があるとは考えられない。さして重要でもないと思ったので、次の生徒を見ることにする。

「で、ここから教科書内容に移ります。教科書七ページを開けてください」

 そう思ったところで、先生がくいと眼鏡を上げつつ指示をしてきたので、生徒観察を止めにし、おとなしくページを開けることにした。

 適当に文字を連ねつつ、別のことを想像し始める。彼は、一つのことを長く考えられない。それを逆に利用して、やりたい教科をどんどん強くしていった結果、勉強ができるようになっていったのだが……。

 今日は、想像の方向転換の材料になってしまう要素が多い為、彼の思考回路はいつまで経っても勉強を始めず、朝のことを再度調べ直す。

(確か、咲夜はのぞみさんを避けてたな……。なんでだろ。考えられる理由は、1:過去に咲夜が悪いことをのぞみさんにした――のぞみさんの様子は、むしろ咲夜を好んでいるようだから、こりゃないか。

 2:過去にのぞみさんが悪いことを咲夜にした――1の逆か。有り得る話だけど、のぞみさんの性格からしてないかな。会ったばかりだけど、『どうして避けられるのかわからない』って顔だった。人の性格が数年で大幅に変化するとは思えないし。第一、悪いことしたんならむしろお互いに避けあうケースが多いんじゃないだろうか)

 さらに思考は続く。流石さすがは学年トップ、深いところまで結論を求め続けている。

(3:過去に片方がやったことに関して、咲夜は悪いと思い、のぞみさんは悪いと思っていない――コレは、ありだな。悪いと思ったから、咲夜は避ける。悪いと思っていないから、のぞみさんは昔と同じように声をかける、か。この仮説が合っている可能性は結構高いんじゃないかな)

 結論に近いところまで思考を達成する。それは一理ある。そうでなければ、二人いる内、再会したときにそれぞれ違った反応を示すことはないだろうから。

「このことを当人に聞くのは、ダメな気がするな。第三者が入っていい範囲は限られるから、今はこうやって自分の中で答えを出しておくしかないのかねえ」

「そこの君、一人で何を言ってるんですか?」

 いつの間にか呟いてしまっていたのを先生に聞かれてしまった。『そこの君』という呼称は、まだ生徒たちの名前を記憶しきっていない為に言ったのであり、光一をさしているのは間違いあるまい。

「はーい、すみませーん」

 言われたら、ヘタに言い訳をせずに謝っておくのが一番の得策。へらっと対応しながら、光一は後ろ髪をわしゃわしゃかいた。


○○○○○○


 商店街裏――。

 平日である為、人が時折しか通らない通りを、一人の小太り男が歩いている。

 彼は以前、謎の声に取引を邪魔され、ホープライトを得られなかったネズミ面の男だった。彼は今、笑みを浮かべている。その手には、黄色いライトが握られていた。

 そう、男は、再び取引をし、ホープライトを得ていた。

 ライトの側面には、『CAT』と白い文字で表記されている。その意味は、猫。前に紹介されていた鼠とは、実に対照的だ。顔にも似合わない。何はともあれ、彼にライトを渡したセールスマンの言葉を借りれば、このペンライトには、『猫の光』を内包していることになる。

 その意味は、未だ明らかではないのだが。

「試してみたい……ホープライトで誕生する守護獣・メテレイスの力」

 彼は、にやにやと笑い続けながら、ボソボソ呟いている。

 メテレイス。

 それは、日常では聞くことのない単語であり、また、専門的なところでも聞くことはない。造語の一種なのだろうか。

「ふふ、どう試すかな」

 若干太り気味のネズミ面は、両手でライトを持つ。そして、その端をひねり、光を手元に灯して地に向けた。すると、猫を正面から見る構図の紋章が地面に現れる。紋章から出る光は、異様なまでに明るく、ネズミ面男の周りを包んでいく。

「くくく……」

 白い光の中で、こらえきれないかのように笑いを漏らし続ける。

 光が晴れると、そこにいたのは、男ともう一人、……猫のような、黄色い怪人。黄色と言っても、その色は薄く、どちらかと言えば白に近い。まるで白のトラ猫のようだ。スマートな男性の体型で、呼び出した男とは似てもつかない。

 その存在を怪人と言える理由は、光の中から現れたのと、人間とは思えない容姿であったからだ。何に似ているか。人間と言えばそれで済むが、別の種の動物が含まれている気もする。

 それは、猫だ。彼が持っていたライトには『CAT』と書かれていたということは、もしや、この怪人は、ホープライトにより生みだされたのではあるまいか。ネズミ面の台詞から考えても、充分に有り得るだろう。ただ、ライトから怪人が生まれるというのは、常識的には有り得ないのだが。

『ニャーガガ』

 猫怪人がのどを震わせ、鳴く。人間とは違った、例えるなら猫のドラ声のような声は、やはり人間と猫の合作を思わせた。だが、

『ギギギ……』

 その後に発した声は、人間、猫のどちらでもなく、やはり怪人か、と再認識させる。だが、それは、使っている者にしてみれば、怪人の強さを象徴し、心強く見えるものだ。

「おお、見るからに強そうじゃないか。最高だ」

 男は感嘆するように、怪人に向けて腕を広げてみせた。

「よおーし、早速、この街を停電させてやる。私を辞めさせた新社長に、重い責任を……」

 小太りは、電気会社の社員だったようだ。新しくなった社長に辞めさせられたことを恨んでいる。

「ちょっと賄賂で社長に成り上がろうとしたくらいでなんだ。皆やっているというのに。せっかく、ここまで長い間働いてきたのに、真面目過ぎるあの野郎め。まずは会社に損害、最後はあいつに痛い目見せてやる……」

 男は恨めしそうに言った。彼は、長年働いてきたキャリアで、社長になろうとし、賄賂を使ったことが原因で辞めさせられたのだろう。

 しかし、もしそうだとすれば、新社長は相当清らかな好人物であるに違いあるまい。逮捕までは、持っていかなかったのだから。また、男が言う通り、賄賂は社会の裏側で、特に何かの役が選ばれる場合にはよく起きること。それを許さないとは、なんという正義感であろうか。

 そのようなことはまったく考えない、ネズミ面の男は、ただ復讐だけに希望を見出し、歩いていた。


○○○○○○


 その日の放課後。

 夕日が学園を照らし、新学年になった生徒たちを祝福している。非常にゆったりした空気が昇降口に流れ、雑談の場となっている。同じクラスになれなかった者たちの会話もあるが、新たな級友との会話もちらほら聞こえてくる。


『離れても、意外と大丈夫なもんだね』

『ああ。こうして時間が空けば会えるしなぁ』


『どもっす、俺あ、みずだ。お前は?』

『僕は、なか西にしと言います』

『これから、よろしくな』

『はい、こちらこそ』


 ちなみに、清水と中西は名札をまだ外していなかった。

 それらには『2』と表記されている。つまり、彼らも咲夜らと同じく一年二組だった。

 会話の種類はそれぞれの集団で別々だが、とてもゆるやかで気持ちのよい雰囲気。誰も争わず、急がず。

 かと思いきや、その空気を完全に打ち破る人員が、昇降口に投入された。

「誰か、助けろ……!」

「待ってよ、咲夜ー!」

 ――咲夜とのぞみの二人が、その人員だ。

 最初に咲夜が出てきた。それから数秒遅れて、のぞみが飛びだす。咲夜の走りは、朝のしゅたっとした迅速なものに変わっている。

「そいで、俺ん好きな番組は……」

 体育会系を思わせる少年が、真面目そうな眼鏡少年と楽しげに会話しているところを二人は通過した。

「うおっ!」

「悪い、清水……!」

「わっと!」

「ごめんなさい、えと、中西さんっ!」

 それぞれ、二人の片方にぶつかりそうになって謝りながらも(のぞみは名札で判別した)、その速度を緩める様子はない。咲夜にはのぞみから逃げること、のぞみには咲夜に追いつくことしか、頭にはない。

「っ……!!」

 朝とは違い、スタートダッシュによる有利さは咲夜に与えられていない為、二人は互角に走り、間の空白を常に等しくキープする形になっている。

「何故、俺を追う……!?」

「なんで逃げるの!?」

 互いに自分の疑問を叫ぶ。しかしどちらもそれには答えず、追いかけっこは終了しない。ただ、二人の足かアスファルトにぶつけられる音が響くばかりで、なん進展もない状況となっている。

 いつのまにか、夕日も半分程度落ち、風景は濃いオレンジ色に染まった。二人は、途中の角を曲がり、通学路から離れ、ウォーキングロードまで出てきた。その道は学校の近隣を通っており、ちょっとした遊び心でここを歩く生徒も多い。

 その為、二人の周りを歩いていた数人が、驚いて顔を見合わせる結果となった。一般の、ウォーキング中の集団も同様に、首に巻いたタオルで汗を拭きながら怪訝そうな顔をしていた。

 道の両方が坂になり、片方は学校、もう片方は河川敷である。二つの坂には、きちんと階段が設けられている。その他の場所は芝生となっているから、安全に急な坂を下れるよう配慮しているのだろう。

 右に広がる学校が見えなくなり、他の人よりも相当離れた辺りで、咲夜は左にある河川敷に続くその階段を下った。突然の行動に反応がついていかなかったのぞみは、なんとかターンしたが、その先にあるのは、階段ではなく芝生。速く突っ込めば、滑って転ぶのは必至の部分。

「あわわ……」

 腕を振ってもバランスを整えられず、ついにのぞみは、肩に担いだ鞄と共に坂を転がった。この鞄がバランス崩しの一つの要因になっていたことは、間違いあるまい。

 バサッ

「いてて……」

 途中まで転がり降りた後、頭や制服についた葉を払いおとしながら、歩いて坂を下った。坂は二段構成になっているので、そこまで遠距離まで転がることもなかった。

 次の階段を下り、咲夜を探すことにする。

 残念なことに、今の流れで、視界から咲夜は完全に外れてしまっていた。そのせいで、どこにいるかわからない。この逃走劇を続けて、まだ走って身を隠すだけの体力が残っていたとは、大した身体能力だ。

 くるくると咲夜の姿を探すも、まったく見受けられない。あれ程の短時間で、遠く逃げられるとも考えづらいから、どこかに隠れていると見るのが適切だろう。

 隠れている可能性がある場所を探していく。

 一つ目の場所は、木。階段を降りてすぐのところにある。まだ葉が生い茂っているから、隠れるには適切かもしれない。

「んー」

 たったっと駆けてゆき、さっと、木の反対側を見る。彼が木の幹に背を付けて、自分をやり過ごそうとしているのではないか。――そんな考えだ。

 しかし、咲夜はいない。流石にこんなバレバレな隠れ場所を選択するとも思えない。

 木は三本あるので、一応全て、全方向から見てみたが、昨夜はやはりいないので、別の場所を探すことにした。

 二つ目の場所は、高架下。そこは、木よりも少し離れているが、もしかするとそこまで届く脚力を彼が持っていたかもしれない。長い間会っていなかった為、今の彼の身体能力がどれ程のものかをのぞみは知らなかった。

 ガタンゴトン……ガタンゴトン……

 高架の上を、鈍行電車が走り抜けていった。川の水面が優しく揺れる。

 高架まで行こうとして、ふと、のぞみは高架の手前に並列して、電線が張られていることに気付いた。電柱ではなく、しっかりした塔のような骨組みの上に張られていた。

「へぇー、こんなのがあったんだ……」

 電車通学の為、この町にどんなものがあるのかは知っていないのぞみは、塔をまじまじと見つめた。

 だが、その下に、異様な者がいるのを見つけた。

「……?」

 それは、人間と猫の合作のような怪人。体表は薄黄色で、人間の耳と猫の耳の両方を併せもっている。後ろから見てもよくわからないが、人間という型である為、猫そのものが持つほのぼのとした雰囲気とはかけ離れていた。

 服を着ていないことから、全身を包むコスプレなのかもしれないが、どちらにしろ不審者だ。危険かもしれない。そう思ったのぞみは一旦下がり、木の後ろ側に立った。まさか咲夜の代わりに自分が木に隠れることになろうとは、思いもしなかっただろう。

 そういえば、咲夜はこの状況をどうしたのだろうか。そのまま素通りして高架下に隠れたか、あるいは走っていて気付かなかったか。

 その件は放っておくしかない。また後日追いかけ、何故避けるのか聞くことにしよう。

 今は気付かれないように、この人間から逃げておくことが得策。のぞみは、そろりそろりと抜き足差し足忍び足で行く。そして、階段の一段目を昇った。

 しかし。

 どさり

「!?」

 肩からずり落ちた鞄が、地面を鳴らした!

 存在をすっかり忘れていた。

 冷や汗を額に流しながら、横目でちらりと不審者(?)を見る。怪人的な外見の不審者は、その耳をぴくりと振るわせた。人間の耳の方ではなく、猫の耳の方を。

『ギギ……?』

 ぎこちない動きで、ゆっくりと背後を見る不審者。のぞみの横目状態は動かず、ただ相手を凝視し続けている。

(何も起こりませんよーに……)

 心の中で、掌をすり合わせていのった。祈りながら、地に落ちた鞄を持ち直す。できることならば何事も無かったかのように帰りたい。

 さっき追い越した人たちはまだ来ていないのだろうか。気付いてくれればいい。流石に、友達と雑談中でも、自分と同じ学校の生徒が不自然な停止をしていて、尚且つ瞳だけ向いた視線の先には、猫のような変な者がいるとなれば……。

『ニャーガガ』

 ザッ、ザッ、と、猫にしては、人間にしても、ゆっくりとした足取りで歩いてくる不審者が視界に映った。

(ま・さ・か……)

 視線だけで見ていると、どうやらこちらへと進んできているように思われる。まさか、そのまさか、で、相手は自分に何かしようとしているのではないか?

 ――正解だった。

『ガガガギ……!』

「わっ!」

 突然、不審者がのぞみに飛び掛った。驚いたのぞみは、頭を抱えてかがんだ。

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