再び始まる物語
途切れた声が、今夜、再び刻まれる
その25年ぶりの着信を見て、井原誠司の手は震えた。
始まりは、唐突だった。
「私とメル友になりませんか?」
その一通のメールが、突然に届いたのは、私がまだ学生の頃だった。
詐欺などという言葉すら一般的ではなかった頃。差出人は、岡山に住む綾という女性だった。
年齢は自分より三つほど下か上か――大した差ではなかった。
お互いを慎重に探るような文面が続き、やがて携帯番号を交換し、電話で話すようになった。
しかし、その頃から、誠司は彼女に奇妙な違和感を抱き始めていた。彼女は常に誰かの視線に怯えていた。
「誰かに監視されている」「盗聴器が仕掛けられている」と、繰り返し口にした。
ある夜、彼女は興奮した声で電話をかけてきた。
「車の中に盗聴器を見つけた。これからハサミで切り離すから」
誠司が「落ち着いて、ちゃんと専門の人に見せた方がいい」と諭しても、彼女は聞く耳を持たなかった。
やがて、母親らしき女性の声が割り込んできた。盗聴器だなんだと騒ぐ、荒々しいやり取りが続き、電話は唐突に切れた。
数日後、再び彼女から電話があった。今度は泣き声だった。
「ねえ、もうだめ。車の中に盗聴器だらけなの…。だから、このまま山から車ごと落ちるわ」
誠司は必死に止めた。言葉を尽くして説得した。
しかし、次の瞬間――ガタガタガタ、という激しい振動音と、彼女の悲鳴が耳を劈いた。
そして、通話は断絶した。
現実だったのか、夢だったのか、誠司にはわからなかった。ただ、ショックのあまりその場で意識を失うように眠りについた。
それ以降、彼女の存在は現実と幻の狭間で揺れ続けた。
テレビのローカルニュースで、崖からの転落事故を報じる短い映像を、誠司は何度も何度も確認した。
しかし、名前も顔も一致する確証は得られず、記憶はいつしか深い淵に沈んでいった。
――二十五年が経った。
今夜、スマートフォンの画面に表示されたのは、見覚えのある古い番号だった。着信音が鳴り響く間、誠司は息を殺して画面を見つめ続けた。
指一本動かせなかった。
やがて着信は終わり、画面は再び暗くなった。彼はただ、暗い画面を凝視したまま、身動き一つ取れずにいた。
再び悪夢が動き出すのではないかと、汗ばんだ指先が、かすかに震えていた。
読んで頂き有り難う御座います。




