手を結ぼう 第五話
常磐林蔵様が連載されている「宗盛記」の二次創SSです。
楽しむには「宗盛記」の知識が必須となります。
「読んでおいてほしい本編の話数」は下記となります。チェックいただければ幸いです。
宗盛記0087 永暦二年一月 から
宗盛記0094 永暦二年六月 青墓宿 まで
この連載は、プロットを作成の後、AIで文書化したものを推敲して仕上げています。
永暦二年三月
三嶋の屋敷の一室は、昼だというのに妙に暗かった。
障子は開いているのに、光が入り込む隙がない。人の気配が、空気を重くしている。
上座に、伊豆守様。
その背後に、清盛様。
正三位。伊勢平氏の棟梁。
黒装束の中でも、小声で名前を言う相手だ。
下座には、坂東の大物が三人。
上総広常。
千葉常胤。
佐竹隆義。
誰も喋らない。
でも、静かじゃない。
視線が走り、指が微かに動き、呼吸が揃わない。
――あ、これ。
揉める場じゃない。
決まる場だ。
そう思った。
俺は柱際に控え、足音と衣擦れと、空気の歪みを拾う。
逃げ道を探す必要はなかった。今日は、誰も刃を抜かない。
伊豆守様が、淡々と話し始める。
相馬御厨。
三十年以上続く土地争い。
開発、寄進、横取り、訴訟、武力――絡み合った糸を、一つずつ解いていく。
話の中身は、正直、半分も分からない。
でも、三人の目が、徐々に伊豆守様に向かっていくのが見える。
北相馬。
東半分は佐竹殿。
西半分は上総殿。
南相馬は千葉殿。
三分割。
……分けるんだ。
そんな感想しか出てこない。
それでも、場の空気がわずかに緩んだのは分かった。
そして、伊豆守様が、さらりと続けた。
「あと、俺が死ぬまでは、領家への貢納は無しでいいよ。もちろん、本家は伊勢神宮のままで、そっちの貢納は当然必要だ」
……え?
思わず、瞬きをする。
領家への貢納無し。
それって――損じゃないか?
俺がそう思ったのと同時に、清盛様が口を開いた。
「それではお前は、買取の費用を払うだけで、何の得もなかろうが」
……だよな。
俺の疑問を、そのまま言葉にしたみたいで、少し安心する。
でも、伊豆守様は、少しも迷わず言った。
「得は、この三人への顔つなぎですね」
一瞬、空気が止まった。
顔つなぎ。
人脈。
信頼。
金より、それを取る。
……ずるい。
大人のくせに。
未来を、使ってる。
そう思った。
今の損を、人で取り返す。
そんな儲け方、十五の俺には、想像もつかない。
上総殿が、突然、大声で笑った。
「ハハハハハ! すげぇな! 十五の子供が、三十年以上拗れきった土地争いを、半日で解決しちまいやがった!」
……十五。
その言葉で、ようやく、伊豆守様と自分が、ほぼ同じ歳だと思い出す。
喉の奥が、少しだけ、詰まる。
「なぁ、お前は他に望みは無いのか。」
上総殿の問いに、伊豆守様は、少し楽しそうに首を傾げた。
「じゃあ、賭けをしよう。よければ乗ってくれ」
後三十年の内に、東国で大乱が起こったら。
その時は、家人になってほしい。
起きなかったら、全力で国守に推挙する。
……三十年。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ひやりとした。
理由は分からない。
でも、なぜか思う。
――起きる。
流れが、そう言っている。
佐竹殿が、少し不満そうに言った。
「私は?」
「佐竹殿は、父上の家人だろうが」
「あ……」
小さく声を落とす佐竹殿。
そのやり取りで、この場の主従関係が、静かに定まった気がした。
会談が終わり、三人が一緒に屋敷を出る。
本来なら、決して並んで歩かないはずの面子。
道端に隠れながらその背中を見送っていると、上総殿が笑った。
「俺は、今すぐに家人になってもいいかと思ったよ」
「恐ろしい御子でしたな」
千葉殿が、長年の重荷が消えたような声で応じる。
「……武家の棟梁か」
佐竹殿が、小さく呟く。
その言葉を聞いた時、背筋がぞわりとした。
――あ、これ。
なっちゃうやつだ。
冷川峠は、大渋滞だった。
東海道から箱根を越える者も多かったが、
情報に敏い者ほど、わざわざ伊豆を通った。
三嶋。
冷川峠。
伊東。
熱海。
そして、相模へ。
道、町、港、人の流れ。
みんな、見に来ている。
噂が、本当かどうか。
功績には報いる。
疑うならば、伊東を見よ。
……なるほど。
見れば、分かる。
人の流れは、もう、変わっている。
伊豆守様は、武名を誇らない。
奪わない。
国を作る。
その結果が、こうして、道に現れている。
柱の影から、遠ざかる人の群れを見送りながら、俺は思う。
強いとか、賢いとかじゃない。
ああいうのは――
流れを、作る人だ。
近くにいると、きっと、巻き込まれる。
とんでもない場所まで、連れて行かれる。
でも。
見ている分には。
――すごく、面白い。




