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「エル! もう稽古は終わったのか?」
突然の彼女の登場に俺はつい大きな声で妹の名を呼んだ。
爽やかな雰囲気を纏いながら、彼女はタオルで額を汗を拭う。……あんな場所にいたら男の汗臭さが移ってもおかしくないはずなのに、エルからはいい匂いがする。
女の子って凄いんだな……。
「今日は動きが良いと褒められましたよ」
妹はニコニコしながら、身体を伸ばす。
全ての鬱憤にぶつけてきたんだろうな。エルの清々しい表情に俺は意外と大丈夫そうで良かったと胸を撫で下ろす。
「お兄様は良かったですか?」
「な、なにが!?」
「私が勇者試験に落ちたこと」
おお、いきなりシビアな話題。
この流れでまさかそんな質問をされるとは思いもしなかった。思わず言葉に詰まらせる。
エルが俺の表情を読み取ったのか、苦笑いを浮かべた。
「答えにくい質問でしたね」
「……いや、俺は」
「私は」
俺の弱々しい声を吹き飛ばすように確かな声でエルは話始めた。
「少しだけ、ほんの少しだけホッとしたんです」
「……え」
「勇者になることは私の夢だったし、今でも憧れているんだけど……、大人になればなるほど、勇者という立場がどんなものかを理解して、少しずつ恐怖が増していったんです。……けど、あんな熱量で公言しまったから、もう後に退けないっていうのもあって」
ああ、妹もずっと怖かったのか。
距離が縮まったような気がする。妹にも恐怖心があったのだと思うと、僅かに嬉しい気持ちになる。
ヴィナス、お前がしたことは正しかったようだ。
「勇者試験を受けるって決めたからには、最後までしないといけないっていう使命感があったんだな」
俺はそう言って、妹の頭を撫でた。
絶対に勇者になる、と豪語して、日々努力を惜しまずここまで来たんだ。
必死に自分のことを鼓舞させていたのだろう。泣きつく場所もなかった彼女にとって、ようやく肩の荷が下りたのかもしれない。
「けど、ヴィナス王子に勇者の座を奪われたのはやっぱりムカつく……。絶対に奪いたいわ」
「まだ諦めてないのか」
俺はそう言ったのと同時に、エルヴィが試験会場で「夢を諦める方法を教えてほしい」と言っていたことを思い出した。
もしかしたら、これほど明るく見えているエルヴィも夢に押し潰されそうになった日があるのかもしれない。それでも、夢が彼女を逃がさなかった。
「諦める方が楽だもの。わざわざ楽な道を歩むのなんて、私の人生っぽくないでしょ?」
彼女の発言に呆気にとられた。
ヴィナスの言った通り、彼女は『勇者』という肩書がなくとも、勇者になるかもしれない。
そう確信しながら、俺はエルの頭をわしゃわしゃと今度は力強く撫でた。
「お前を誇りに思うよ」




