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「今度は私の家でお茶をしましょう」
私は馬車に乗る前に、リーシャに向かってそう言った。日は落ち、辺りはもう暗くなっていた。
リーシャは「あ」と何か思い出したように声を出して「少々お待ちください」と慌ててこの場を離れて、屋敷の中へと入って行った。
……どうしたんだろう。
リーシャを待っていると、彼女の両親が私の元へ現れた。私は「お邪魔しました」と丁寧にお辞儀をする。リーシャの両親も丁寧に私にお辞儀を返した。
そして、リーシャの母親が口を開いた。
「本日ははるばる来てくださってありがとうございました。こんな遅くまで娘と話してくださり本当になんとお礼を言えば……」
「むしろ長居させていただきありがとうございます。リーシャさんとお話ができて、本当に楽しかったです」
ありがとう、とリーシャの父は重い口調で静かにそう言った。
リーシャはグラファン家の一人娘だ。どれだけリーシャが両親に愛されていたのかがよく分かった。
「リーシャのあんな笑い声を聞いたのは本当に久しぶりで……、屋敷にいる私たちにまで聞こえてきたの。……本当に感謝しています。……リーシャ、前回の舞踏会から帰ってきた日、とても幸せそうにエルヴィ様のことを話してくれたんです。初めてだったわ、リーシャが舞踏会帰りに楽しそうにしているの。本当に心から感謝していますわ」
リーシャの母はそう言って、また深く私に丁寧に頭を下げた。リーシャの美しいお辞儀を思い出す。お辞儀の仕方で血のつながりを感じた。
「私は何もしていません。リーシャさんが魅力的だったから、仲良くなりたいって思っただけです」
私がそう言ったのと同時に、リーシャが戻ってきた。
「お待たせしてすみません! ……お父様、お母様!? どうしてここに? エルヴィ様と何をお話してたの?」
戸惑うリーシャに私は「なにも」と笑顔で返答した。
リーシャの両親もリーシャの質問に答えず、「では私たちは失礼します。エルヴィ様お気をつけてお帰りください」と言って、この場から去った。
リーシャは少し困惑した様子で「何か変なこと言ってませんでしたか?」と私に心配そうに聞く。
「大丈夫よ。素敵なご両親ね。……ってそれ、何?」
私はリーシャの手に持っていた小さな箱へと視線を向けた。赤紫の厚手の紙に包まれ、金色のリボンで結ばれている。
「エルヴィ様にプレゼントです。受け取ってください」
私はエルヴィから差し出された小さな箱を受け取った。
「中身は帰ってからのお楽しみにしていてください」
「……分かったわ。ありがとう」
すごく中身が気になる……!!
なんなら馬車の中で開けようと思っていた。だが、リーシャに帰ってからと言われてしまった。
……我慢だ、我慢。
私はグッと開けたい欲求を我慢して、最後にリーシャに挨拶をする。
「それじゃあ、おやすみなさい。今日は最高の一日だったわ」
「あの」
リーシャはまだ何か言いたいことがあるのか、私を呼び止める。
「どうしたの?」
「あの夜、私に声を掛けてくださってありがとうございました」
真っすぐ心に届く凛とした声だった。リーシャの心からの想いがその瞳から伝わってきた。
私はこの時のリーシャ・グラファンの瞳を生涯忘れないだろう。




