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「エルヴィ様はどうして私の肌は怖くないと言えるのですか?」
リーシャは真剣な目で私を見る。私の肌を見たら恐れるに決まっている、と言っているように思えた。
怖くない理由…………、まずい、分からないわ。
言語化できない。理屈じゃない。怖くないから、怖くないのだ。
ダクトにただ噛まれて肌が石化してしまっただけ。それだけのこと。それ以上でも以下でもない。石化は空気感染するわけでもないし、呪われているわけでもない。
ここですぐに答えられないと、変な誤解を生んでしまうかもしれない。同情しているわけでも、哀れに思っているわけでもない。
何か言わないと……!
「カイル団長の方が怖いから」
咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
…………絶対に間違えた。
カイル団長、ごめん。「魔物の方が怖いから」の方がまだいい。
「……カイル団長?」
リーシャはきょとんとした表情でその名を繰り返した。
もうだめだ。ここはカイル団長で押し切ろう。それに、実際カイル団長はリーシャよりも怖い。そこは間違っていない。
「えっとカイル団長って、王宮騎士団の」
「存じ上げています。赤鬼と呼ばれている方ですよね?」
リーシャは私の言葉を遮り、そう言った。私は大きく頷きながら、勢い喋り始めた。
「そう! その人! カイル団長って私を殺す勢いで毎度訓練をするの。普通の令嬢ならその殺気で失神していると思う。それぐらいのレベルなの」
これは本心だ。
訓練を受けていない令嬢が、カイルの殺気を受けると一秒も持たないだろう。
リーシャはポカンとしたまま、私を見ていた。そして次の瞬間、濁りのない鮮やかな笑い声が静かな庭園に美しく響いた。
どこか人形のようだった彼女の雰囲気に急に人間らしさを感じた。今度は私がポカンとする番だった。
……こんな楽しそうに笑うんだ。
私は黙って彼女の様子を眺めていた。
カイル団長のなにがそんなにリーシャのツボに刺さったのか全く分からない。……が、リーシャが笑ってくれたのなら、いいとしよう。
ありがとう、カイル団長。貴方のおかげで誰かが笑顔になりました。
私はそう心の中で呟いておいた。
少しして、リーシャは落ち着いた。彼女は笑いすぎて目に溜まった涙を指で拭う。
「失礼しました。つい」
リーシャはまだフフッと笑みを零す。
「そりゃそうですよね、カイル団長の方が私よりも絶対に怖い」
「うん。もう本当に赤鬼」
私は深く首を縦に振った。




