73 エルヴィ・ケーレス 十六歳
「カイル団長~」
私は訓練中の休憩で気だるげにカイル団長に声を掛けた。こんな風にカイルに喋りかける者は、ここには誰もいない。
最初のうちは皆「そんな風に絡む!?」みたいな表情を浮かべていたが、段々慣れてきたのか、今では私たちに構うことはない。
「なんだ?」
いつも通りカイルは少し迷惑そうに眉をひそめる。こんな態度のカイルだけど、社交辞令で固められた令嬢たちと話すよりもずっと話しやすい。
「リーシャ・グラファンって知っていますか?」
私は舞踏会で出会った女性の名を口にした。
レグネルは絶対に教えくれないだろうから、他の人に聞くしかないと思い、今こうしてカイル団長に聞いている。だが、社交界になど全く興味のないカイルが第五貴族の令嬢について詳しいかどうか……。
カイルは顔を顰めながら「リーシャ・グラファン?」と私が言った名を繰り返す。
「グラファン家なら知っているが、その令嬢となると……、ってあそこの令嬢か」
何か思い出したようにそう呟き、さらに眉をひそめた。
どうしてそんな難しい表情になるの……? もしかして、リーシャってそんなに有名人だった?
「彼女のこと知っているんですか?」
私がそう尋ねると、カイルは「ああ」と小さく頷いて話を続けた。
「リーシャ・グラファンは穢れを持つ女だ」
「穢れ?」
私は思わず首を傾げた。あまりにも想定していなかった言葉だ。
「顔の半分をいつも布で覆っているだろう?」
「はい。口元を……、あれで穢れを隠しているってことですか?」
「そうだ」
「ちょっと待ってください。なんの穢れですか?」
今度は私が顔を顰める番だ。生まれてきてこの方、穢れを持つ女性の話なんて聞いたことがない。……いや、私が単に社交界に対して微塵の興味も持っていなかったせいかもしれないけれど。
「リーシャ・グラファンは幼い頃、魔物に噛まれたんだ」
「……は? 魔物に?」
「ああ、魔物に」
そんなあっさり言うけど、魔物に噛まれたら死ぬでしょ。それで生きているなんて奇跡じゃない。むしろ、皆崇拝すべきだ。
穢れじゃなくて、祝福よ。
私は魔物に噛まれてもなお、生き残っていたという情報に対して驚きのあまり声を出せずにいた。
「ダクトという魔物は知っているか?」
「ええ、もちろん」
私はカイルの言葉に頷くと、「説明してみろ」とカイルは口にした。私はダクトについて説明をする。
「手に収まるほどの小さな魔物。トカゲのような形をしていて、水晶のような美しい鱗を持っている。宝石と間違えて手にしてしまう人が多い。その一瞬の隙を狙ってダクトは鋭い歯で人間の首を噛む。傷口から灰色のシミが広がり、次第と皮膚が固くなっていく。つまり、石化。数分すれば体全体に広がり、命を落とす」
私がそう言い終えると、カイルは感心したように「ほぅ」と相槌を打ち「勇者試験に臨んだだけのことはある、魔物に詳しいな」と言葉を付け足した。
わぉ、まさかこんなところでカイルに褒められるとは……。
ふふんっと思わずドヤ顔を浮かべると、カイルは「調子に乗るな」と軽く私の頭を叩いた。




