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受験者同士お互いの実力は分からないように試験は進められていく。誰もエルヴィの実力をしらない。
女が勇者試験に来た、という印象ぐらいしか残らないだろう。
「エルヴィは勇者になるために」
「分かってるよ。そんな怖い顔するなよ」
僕はレグネルの言葉を遮るように声を被せた。
「どうせエルヴィは勇者になるよ」
「どういうことだ?」
僕は本を皺を寄せているレグネルの額にぐりぐりと押し付けながら話す。
「『勇者』でなくても、勇者になれるんだよ」
僕の言葉にレグネルはハッとした表情を浮かべる。僕は彼の額から本を離して、ぼんやりと空を眺めた。
そう、肩書があれば危険な場所へと強制的に飛ばされる。自分の意志でなくてもだ。
だが、勇者というのは本来試験などで決めるものではない。自分の意志と覚悟だ。それをエルヴィは誰よりも知っている。
だから、気付けば彼女は勇者になっているだろう。
僕が知っている幼き彼女はそんな少女だった。もう彼女はずっと前から僕にとっての勇者だ。
「ヴィナス、お前って本当に分かりにくい愛だな」
「そうかな」
僕は空を眺めながら彼女のことを想った。
エルヴィ、君は僕を思い出す日が来るのだろうか。あの日、僕は君に守られた。
だから、今度は僕が君を守る番だ。僕が君の勇者になる。
ようやくまた会えたんだ。絶対に手放すものか。
「そういえば、その試験会場に送り込まれた受験者はエルになにか聞いたのか?」
レグネルは思い出したようにそう聞いてきた。
「『勇者になる夢を叶える方法教えようか?』とか、そんなものだよ」
「なるほどな。だいたいの人間が『いい。俺は自分の手で道を切り拓くんだ!』みたいなことを言いそうだな」
「ご名答」
「妹が勇者試験ガチ勢でね。……それで、エルはなんて答えたんだ?」
「夢を叶える方法でなく、夢を諦める方法を教えてほしい、そう答えたんだって」
とてもエルヴィらしい答えだと思った。
「夢を諦めるのが簡単じゃない人間もいるんだよ」
黙ってるレグネルに僕はそう付け足した。
あの強く輝く瞳はいつだって真っ直ぐ前を向いている。あの瞳に正面から見つめられると、逃げたくなる者も多いだろう。
それぐらい一点の曇りなき目で見つめてくる。
…………まさに言い伝え通りの瞳だ。
「てか、ヴィナス」
「なんだい?」
「勇者になったのなら、お前が危険区域に行くのか?」
「そうだね」
「そうだね、ニコッ、じゃないだろ」
「エルヴィが行くよりよっぽどいい」
僕はしかめっ面のレグネルに向けて満面の笑みを浮かべた。




