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というか、この侵入者は一体誰?
私がそんな疑問を頭に抱いていると、騒がしい音と共に衛兵がこの場に流れ込んできた。
一瞬で中庭に緊張感が走り、静かな威圧感で侵入者に対して剣を構えている。衛兵たちの中から一人、小柄な男性が出てくる。
クリッとした瞳に幼い顔立ちだが、この兵士たちの中で一番偉いのだろう。
……なんだか妙に貫禄がある。
ヴィナスが棘のある口調で「甘い警備だな」と小柄な男性に向かって放った。男性は即座にヴィナスに頭を下げる。
「申し訳ございません。不徳の致すところ、直ちに対処いたします」
王家の警備だ。決して緩くはないはず。この侵入者が相当な手練れとか?
私は植物に縛られている侵入者へと視線を向けた。
なんだか間抜けな格好だ。なんだか手練れだとは思えない気がしてきた。
「エルヴィ、こんなことになってしまってすまない」
「いえ、私は大丈夫です。そんなことよりも彼は」
「じゃあ、僕たちは行こっか」
私の言葉を遮るようにして、ヴィナスはそう言った。私の背中に手をまわして、ヴィナスは半ば強引に私をこの場から離そうとする。
詮索するな、ってこと?
「後は君に任せるよ、オーカス」
「はっ」
オーカスと呼ばれた小柄の男は頭を下げたまま、力強くそう返答した。
どこかで聞いたことがある名前ね。訓練場でたまに話題に上がっていたような……。確か、カイルとは外見も性格も対照的だって言われている……そうだわ! 副団長!
私はハッと副団長の名を思い出す。王家の騎士団である団長はカイルで副団長はオーカス。
騎士団に入団してからというものの、未だに会ったことがなかった。一見、朗らかで優しそうに見えて、実際は冷徹で腹黒い。そんな噂を耳にしたことはある。
その彼にまさかこんな形で会うことになるとは……。
私はオーカスの方を見ながら、ヴィナスに連れられてこの場を後にした。
軽快な旋律が響く華やかな会場へと戻ってきた。…………私だけ。
先ほどトレーを持った使用人から渡されたシャンパングラスを片手に中庭を出た時のことを思い出す。
ヴィナスとは舞踏会へと戻る前に別れた。てっきり、一緒に戻るものだと思っていたから、突然「僕はここで」と言われて驚いた。
あえて何も追及しなかった。私はヴィナスに「では、また」と軽くお辞儀をした。
そして今、私一人でここにいる。
ヴィナスは少し寂しそうに「楽しんで」と見送ってくれた。……私ももう少し名残惜しそうにしておいた方が良かったかもしれない。あまりにも潔すぎた。
眉を八の字にするぐらいのあざとさを持ち合わせていればっ! ……って、無理か。
私は小さくため息をついて、シャンパンを一気に飲んだ。
折角、社交界に来たんだもの。全力で楽しむわよ!
私は空になったグラスを近くの使用人のトレーに置いて、歩き始めた。会場にいる者たちの様子を探った。誰にも声を掛けづらい。
謎の気まずい雰囲気が漂う。「ヘイ! エルヴィ!」みたいなノリで声を掛けてくれる人は誰もいない。レグネルも見当たらないし……。
改めて、自分には本当に誰一人友達がいないのだと実感する。
……なんか、ちょっと悲しくなってきた。
そう思うと、訓練場って素敵な場所ね。騎士団のみんなといる方が楽だわ。




