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ドクンッと私の心臓が跳ねたのが分かった。
気を抜いていると意識が保てないほどの美貌だ。幻想を見ているような気持ちになる。
レグネルの言った通りになっている自分が悔しい。
「君がエルヴィか」
柔らかい口調で私の名を呼ぶ。
起き上がる彼をぼーっと眺めていたせいで挨拶が少し遅れる。
「殿下、お初にお目にかかります」
私は丁寧にお辞儀をした。
………………こんな窓越しで挨拶して失礼にならない?
勢いよく王宮に乗り込んできたけれど、いざ王子を前にすると言葉が出ない。
「ここに来たということは、もう婚約の話は耳に入ったんだね?」
「はい」
「顔を見してよ、僕の愛しいエルヴィ」
私は彼のその言葉で頭を上げた。
……今、なんて言ったの?
僕の愛しいエルヴィ……? 誰? ……私? 私のことなの?
「驚いている顔も可愛いね」
ニコッと微笑む彼の表情に思わず心臓が痛くなる。なんだこの顔面兵器は。この表情で何人の女の子が殺せるのだろう。
……というか、この超美形男子にかわいいって言われたの?
完全に向こうのペースに持っていかれてる。しっかりして、エルヴィ・ケーレス。
「あの、殿下」
私は頑張って声を振り絞る。ヴィナス王子は私の方へと向いて立ち上がる。
「どうしたんだい」
「……どうして私は勇者試験に落ちたんでしょうか」
あ、間違えた。
私はそう口にした瞬間、聞く内容をミスってしまったことに気付く。レグネルが「そっち!?」という表情で私を見ている。
私と婚約した理由を聞きたかったが、思わず不合格の理由を聞いてしまった。
ヴィナス王子が知るはずないのに……。私の頭の中では婚約よりも不合格にされたことの方が大きかったのだろう。
「ああ、そのこと」
ヴィナスは小さく笑い、少し間を置いて話を続けた。
「エルヴィ、君はね『勇者とは何か?』という問いだけを間違えたんだよ」
その優しい声で残酷な言葉が発された。
……なんですって? 勇者の定義を私が間違えた?
私は目を丸くしてヴィナスをじっと見つめた。言い返したかったけど、何も言葉が出てこなかった。
てっきり「女だから」という言葉を待っていた。
むしろ、その理由であってほしかった。それなら、まだ納得がいったのに……。
「なんと答えれば良かったのですか……」
自分の声が少し震えるのが分かった。
怒りなのか、悔しさなのか、それとも悲しさなのか。自分の感情がぐちゃぐちゃになっている。
「答えは『勇気のある者』だよ」
「……勇気ある者」
私はオウム返しする。
「シンプルだけど難しい。勇者というと、この国を救う、とか世界を救うとかそんなことを思い浮かべるだろ? けど、違う。勇者というのは誰でもなれる。つまり、勇者試験自体も勇者試験を受ける者もみんなクソなのさ」
こんな綺麗な顔でとても口が悪い。
美しいけど棘がある。まさにこの中庭に咲いている薔薇そっくりだ。
「魔法、剣術、学力、体力、更に予期せぬ出来事に対する事象に対しての臨機応変さ、冷静な判断、全て満点。ただ最後の一つの問題、勇者の定義だけを間違えた。決定的なミスだね」
にこやかに話されると余計に腹立たしい。
「納得いきません」
私は静かに反抗した。
ヴィナスを睨む。穏やかな雰囲気だと言われる私の顔が一変するのを察したのか、ヴィナスは少しだけ目を見開いた。そして、どこか嬉しそうにニヤッと笑みを浮かべた。
掴めない、この男。
「けど、君は僕の婚約者になったんだよ。これからよろしくね」
「それも納得いきません」
「……珍しいね。僕と婚約したい女の子はごまんといるというのに」
「私は殿下の婚約者でなく、勇者になりたかったのです」
とんでもなく失礼なこと言っているな、と自覚しながら私はそう言い放った。
「勇者試験に囚われている君が一番勇者に向いてない気がするよ」
ヴィナス王子からのその一言で感情がグッと高まる。
……これは怒りでなく、恥ずかしさだった。彼の言っていることは正しい。
私がなにも言えなくいると、彼は更にニコッと笑みを浮かべて言葉を発した。
「僕が勇者試験の合格者だよ」




