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『待って、危ない!!』
『おねえちゃんはここにいて』
『行っちゃだめだよ。君一人であの怪物に勝てっこない。一緒に逃げよう』
『誰かが戦わなくちゃ』
『……どうして君はそんなにも強いの』
『おねえちゃんを守りたい気持ちがエルの背中を押してくれるの』
ハッと勢いよく目覚める。見慣れた天井だ。
昨日は疲れて、すぐに寝てしまったことを思い出す。まだ魔物と対峙した時の恐怖が若干残っている。
…………そういえば、私、ヴィナス王子の胸で泣いてしまったな。
穴があったら入りたい。……なんて恥ずかしい姿を晒したのだろう。あんな子どものように泣いちゃうなんて。
思わず彼に身を任せてしまった。……不思議な魅力を持った王子。
私は昨日のことを思い出しながらも、さっき見た夢のことを振り返る。
……なんだったんだろう、今の夢。
遥か昔の私の記憶のような気もするけど……、上手く思い出せない。
私は何か大切なことを忘れているようなもどかしさを抱えたまま、ドレスに着替える。
今日は、久しぶりに街に出てショッピングでもしよう。
近頃は勇者試験のことで頭がいっぱいだったから、気晴らしが必要よ!
こうなったら、ほしいもの全部買うわよ。自分の機嫌は自分でとらなくちゃ!
私は鼻歌を口ずさみながら、部屋を出る。
「おはようございます、お嬢様」
幼い頃から私の面倒を見ている侍女のローズが部屋の前に立っている。
「おはよう」
「どこかお出かけですか?」
「ちょっと街まで」
「私もお供します」
「え、大丈夫よ。私一人で見て回るから」
私が断ると、ローズは少し困った表情を浮かべた。
もう子供ではないし、一人で街を見て回ることができる。それに、移動は馬車だから危険性も低い。
「旦那様が……、その、お嬢様にもしものことがあったら、と」
ローズの言いにくそうな様子に私はある程度察しがついた。
昨日私が暗黒の森へと飛び出して行ったことに、お父様が過保護になっているのだろう。
……自業自得ね。
「分かったわ。ローズも来てちょうだい」
「すぐに馬車の準備を致します」
ローズと一緒に行くことでしか、屋敷は出られなさそうだし、仕方ない。
とにかく私は街の活気に元気づけてもらって、一旦嫌な記憶を全部消すのよ!!
私はローズと共に街へと出てきた。
そうそう、この雰囲気! 普段騒がしいところは好きではないけれど、たまに来ると新鮮味があって良い。
馬車の窓から外を眺める。前に訪れた時と若干変わっている。
見覚えのある店に私は「え」と声を漏らす。店内は暗く、看板も取り外されている。閉まっているところを見たことがなかった。
「あそこの角のケーキ屋さん潰れたの!?」
私はローズの方へと顔を向ける。私の勢いにローズも驚きつつも、答えてくれる。
「は、はい。少し前に」
「かなり老舗でしょ?」
「店主が病にかかったそうです」
「……息子は? いたわよね?」
「放浪者で、店を継ぐ気はない様子でしたね」
この道の角にあるお店は貴族御用達のケーキ屋さんだった。
最高級の素材を使用した絶品のケーキだったのに……。今日寄って帰ろうと思っていたのに!
「そんなぁ」
私はもうあの美味しいケーキを食べれないことに悲嘆の声を出す。




