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レグネルもヴィナスもここに来たばかりで状況を掴めないでいるだろうが、私が何かやらかしたことは明らかだ。
……どう説明しよう。
ヴィナスはすぐにこの場の状況を把握しようと、一瞬リーシャンの方へと目を向けて、私のショールが巻かれていることを確認していた。
「エルヴィ様が私に暴力を……!」
突然、ヴィナスに向かって桃色の髪の女は声を上げた。地面に座りながら叫ぶ女をヴィナスは一切相手にせず無視をしたが、レグネルは違った。
「……エルヴィ、彼女に暴力を振るったのか?」
レグネルの声色に怒りがこもっていた。リーシャが「あの、レグネル様」と割り込もうとするのを手で止める。
これは俺たち家族の問題だから入らないでくれ、と言っているようだった。
「……ええ。確かに髪は引っ張りましたけれど」
「謝るんだ」
私の話している途中でレグネルは背筋が震えるほどの低い声でそう言った。空気が震え、場は再びピリッと緊張感に包まれる。
「…………嫌です」
私は重い空気の中、口を開いた。
「嫌だと? ……彼女に暴力を振るったんだ。それなのに、謝罪しないと言うのか?」
「……はい」
私はレグネルから目を逸らさずに、頷く。
「ケーレス家としての自覚が」
「あるからこそ、謝らないのです。私は間違ったことをしていない。彼女に謝る義理はありません」
「エルヴィ!」
レグネルの強い口調に周囲の人たちはビクッと身震いをする。社交界でのレグネルだけを知っている人は、今のエルヴィを見てすごく驚いているに違いない。
「なら、彼女も謝罪すべきです」
私はそう言って、地面に座り込んでいる桃色の髪の女へと視線を向ける。
「どうして私が……」
「貴女がリーシャにしたことは充分暴力よ」
「エルヴィ、やめろ」
私が桃色の髪の女に詰め寄ろうとすると、ヴィナスは私の腕を掴む。
「……周りを見てみろ。ここは楽しいパーティーの場だ。揉めるところではない」
ここでは、私がおかしい人だという扱いをされるの……?
「……私の大切な友を傷つけて、戦わないことが正義なのであれば、そんな世界……『くそっくらえ』です」
私はあえて人に使ってはいけない汚い言葉を口にした。
「おい、エル」
「お兄様、私は社交界から追放されてもいい。私は自分の意思を曲げることはない。ケーレス家の人間として恥じることはしていないの」
静かに私の声が会場に響く。
やっぱり、私には社交界は向いていなかった。それが分かっただけ。
「……失礼します」
私がそう言って、この場を去ろうとした瞬間、誰かに体を寄せられた。ふわっと柑橘系の爽やかな匂いが鼻をかすめる。
「大勢に嫌われても、彼女はリーシャ・グラファンを守ることを選んだ。レグネル、お前よりよっぽどかっこいいぜ」
私の肩に腕を回している男性を見つめる。
前髪のある黒髪に黄色い瞳……、第二貴族のアーサー・リグリットだ。
同じ階級ということもあって、幼い頃に時々うちに来ていた。……レグネルとは犬猿の仲っぽいけど。
彼のことを一度しか見かけたことはないけれど、記憶の片隅で覚えている。
いつの間にかこんなに背が高くなっていたんだ。それに逞しい身体…………って凄まじい殺気を感じる。
私はその殺気にゾクッと悪寒が走った。
ヴィナスがアーサーを鋭い視線で睨んでいた。静かで確実な殺意を孕んだ目に私が引いてしまう。




