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私は勇者になるはずだった  作者: 大木戸いずみ


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126/142

126 エルヴィ・ケーレス 十六歳

 中庭で剣の稽古の合間にヴィナスから送られてきた勇者落ちリストの書類を手にする。

 汗をタオルで拭いながら、勇者落ちリストを眺めた。

「……ソル・ゴルドナ」

 この前社交界で会ったハンナ・ゴルギスにファミリーネームが似ている。まぁ、彼女は第三貴族なんだけど。

 第一貴族のゴルドナ家を破門された男……、ちょうど彼の実力を知りたかったのよね。

 ここに書かれているほとんどの名を知らない。

 私は順番に読み進めていく。

「……あ、マシュー・シュラン。……言いにくい名前ね。マシュランって略しちゃダメかしら」

 てか、ケーキ屋のシュランが家名だったんだ……。

 まさかあの生意気そうな勇者落ちが老舗ケーキ屋の放浪息子と呼ばれている男だったなんて……。それに、店主は店を出ていった……。どの家も大変ね。

 …………この二人以外は全く誰か分からない。

 ソルもマシューも勇者落ちの集会に訪れた時に知ったぐらいだから、どんな人物かはいまいち掴めていない。

 ……入団の合否を決めるのは大変そう。

「エル」

 私は名を呼ばれて、声がした方を振り向いた。

「お父様」

 まさか父が私の元へ来るとは思っておらず、思わず固まってしまう。

 なんだかいつもに増して真剣な表情をしている。父は低い声を発した。

「少しいいか?」

「はい」

「私の書斎で」

「……はい」

 まずい。私がこっそり忍び込んだことがバレたのかも。

 ……これって、お叱りの呼び出し?

 私は不安を抱えながら、父の後をついていき、書斎へと着いた。……忍び込んだぶりの書斎だ。

 部屋に入り、父は椅子に腰を下ろす。私は扉を閉めて、父と向かい合わせで立つ。妙な緊張感が部屋に走る。 

 怒られるようなことはしない……はず。黙ってここに侵入したことを除けば。

「こうしてお前と話すのは久しぶりだな」

 少しして、父がようやく口を開いた。

「そうですね。……何かあったのですか?」

「……新設される騎士団の団長に選ばれたのだろう? おめでとう」

 もう父の耳にまでその話が入っているの!?

 私は内心驚きながらも、貴族議会で話に出ていないわけないものね、とどこか納得していた。

「ありがとうございます」

「それと、殿下との婚約破棄は非常に残念だった。……第二貴族令嬢の身としてこれから大変だろう」

「何が大変なのですか?」

「なにもかもだ」

 私の質問に父の眉間に皺が寄るのが分かった。そして、彼は更に真剣な目を私に向けながら話を続けた。

「お前は普通の令嬢とは違う。勇者を目指し、勇者になれなかった。王子と婚約し、破棄された。そして、今では魔物討伐のために作られた新たな騎士団の団長だ。……令嬢として生きる道も団長として生きる道もどちらも険しく大変なものになる」

 おっしゃる通りだ。

 私は父の話を真面目に聞きながら、心の中でどこか自慢げにフンフンと頷いていた。

 勇者になりたかった私にとって騎士団の団長という道はまさに最高の贈り物だった。ヴィナスからその話をされた時にすぐに飛びついた。

 それに、ヴィナスと再び何かしらの結びつきができた。

「……今ならまだ引き返せる」

「引き返せる?」

 私は父の言葉に思わず眉をひそめた。

「団長として進む道を蹴ることも可能だ」

 親心だ、と私は悟った。

 もう私はお嫁に行けないかもしれない。……親不孝者かもしれない。

 それでも、エルヴィ・ケーレスという人生を捨てない。

 エルヴィ・ケーレスは勇者を目指し、大切な人を守る。その想いはどんな困難を前にしても覆せない。それほど強い私の意志だもの。

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