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「エオザルの攻撃によって君は死にかけた。一瞬の出来事だったんだ。僕がエルヴィを庇える間もなく、君とエルヴィは相打ちになった。……当時の僕はまだ弱くて、君と逃げることしか頭になかったんだ。だけど、君はあの怪物に戦いに行ったんだ。なんて勇敢な女の子なんだろう、って自分が恥ずかしくなったよ」
本当にあの時、心の底から君を尊敬した。かっこいいと思ったんだ。
僕は一度低く息を吐いて、更に話を続けた。
「魔物が出た森だ。二度と君が近づかないようにするには、森での出来事を全て思い出さない方がいいと思った。僕との記憶を全て消すことで、君を守れると思ったんだ」
「……私にヴィナス様を探させにために、ご自分の存在を私の中から消したのですか?」
「その通り。そして、僕は君が何者かを一切調べなかった。というよりも、何者かを察さないように、その思考を排除していた、と言った方がいいかな」
エルヴィの外見は非常に珍しい。
僕もなるべく彼女のことを考えないように、その容姿は記憶の片隅に置いておいた。……ただ、女の子と過ごした幸福感だけは頭から離れなかった。
「……エルヴィ様、そろそろ家に戻らないと旦那様が心配します」
御者が申し訳なさそうに割り込んできた。
ケーレス卿の気持ちも分かる。娘が超上級クラスの魔物と戦って、生還したばかりだ。日が沈む前に帰ってきてほしいだろう。
「今日はここまでだね。続きはまた今度話そう」
僕がそう言うと、エルヴィはどこか嬉しそうにはにかんだ。
「……また今度、があるのですね」
エルヴィはそう呟く。
その反応が可愛しくて、抱きしめたい衝動に駆られる。……が、なんとか抑える。
彼女は御者に向かって「すぐに乗るわ」と伝えた後、すぐに僕の方へと視線を戻した。
「あと少しだけ。私がエオザルを倒した時のことを聞きたいのです。どうやって私はエオザルを倒したのですか?」
「今度、僕との勝負に勝ったら教えるよ」
「……そんな無茶な」
エルヴィはどこか諦めた目で僕を見る。
「負ける前提なのかい?」
「まさか」
僕の煽りに彼女は強気でそう返した。
エルヴィが僕に勝ちたいと思ってくれていることが嬉しかった。
エルヴィを守ることができなかった当時の僕は、弱い自分を許せなくて、誰にも負けないほどの強さを求めた。
そして気づけば、誰にも僕に敵わなくなっていた。今では僕に対して、本気で勝負を持ちかけてくる者はもういない。
そんな中、僕に勝つ気で挑んでくる者がいる。ましてや、その相手はエルヴィだ。
こんなワクワクすることは他にない。
「では、失礼いたします」
エルヴィはそう言って、僕に丁寧にお辞儀をして馬車へと乗った。
僕は動き出す馬車を見送りながら、世に出ていない言い伝えを思い出していた。
百二十年前と同じ状況で同じオレンジ色の瞳を持つ者が現れた。
……やっぱり、言い伝えには抗えないのか。




