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「あの、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
エルヴィは王宮を出て馬車へ乗る前に、僕の方を見た。
「なんでも」
「どうしてヴィナス様はあの森にいたのですか? ……私と幼い頃に出会った森です」
彼女がなんの話をしているのかは分かった。
……僕とエルヴィが初めて出会った森だ。
初めて会った時の彼女を今でも鮮明に思い出せる。一人の女の子が僕の方に走ってきた。それも、全速力で。
燃えるようなオレンジ色の髪を揺らしながら、僕の元へと来た。『こんにちは』と僕になんの邪心もなく清らかな満面の笑みで話しかけた。
この森に人がいるなんてことが珍しくて、僕に声を掛けたそうだ。それにしても、すごい勢いだった。獲物を見つけたかのスピードで僕に突進してきたのだから。
僕に話しかけるエルヴィの瞳は、陽光を吸収して輝きを増していた。
「……あの日は本で読んだばかりの毒草を探しに行ってたんだ。本当に存在するのか知りたくてね」
「ドクソウ」
エルヴィは目を丸くして、そう声を出す。「そう、毒草」と僕は頷いた。
「……あの年の子がまさか毒草を探しに来ているなんて思いもしませんでした。けど、ヴィナス様が用もなくあの森に遊びに来るわけないですもんね」
「あの日以降は『もっと毒草について研究する』という虚偽の理由で遊びに行っていたけどね」
一人で没頭して、毒草について熟知したい。そんな理由で付き添いで来ていたサラを森の前で待機させていた。
あの森は比較的安全地帯で、何も危険はないはずの場所だった。……エオザルが出るまでは。
「エルヴィに会いたくて森へと足を運んだんだ」
僕は更にそう付け足した。
エルヴィは僕のストレートな言葉に頬を赤く染めて、少し戸惑いの表情を浮かべる。こんな反応をされると、もっと僕の甘さに溺れてほしいと思う。
「……じゃあ、どうして私の記憶を消したんですか?」
「守りたかったから」
「え?」
「もう危険な目に遭ってほしくなかったから」
「ちょ、っと、どういう」
「あの森に興味をなくし、君がもう立ち入らないようにしたかったから」
「待ってくださ」
「僕の存在が邪魔だったから」
「……どういう、こと、ですか」
エルヴィは途切れ途切れにそう言って、視線を動かさずにじっと僕だけを見ていた。
僕はゆっくりと彼女に説明を始めた。




