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私は勇者になるはずだった  作者: 大木戸いずみ


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「というのは建前です」

 エルヴィは少し間を置いて、はっきりとした口調でそう言った。僕は思わず彼女から出た言葉をそのまま繰り返してしまった。

「……建前?」

「はい、そうです」

 僕は彼女に言っている意味が分からず、眉を顰める。

 エルヴィはスゥっと小さく息を吸って、彼女の視線が僕の方へと向く。その視線に僕は射抜かれた。

 この場の静けさの質がどこか変わった気がした。穏やかでありながら、緊張感が帯びる。

 僕とエルヴィだけの空間がゆっくりと流れているような気がした。

 エルヴィの決意ある気高い瞳は目を逸らすことを許してくれない。彼女は静寂の中、口を開いた。

「私、ヴィナス様のことが好きです」

 透き通った声が真っすぐ僕の耳に響いた。その一瞬で僕の感情が揺れた。

「……明日、突然魔物に襲われて死ぬかもしれない。レグート国が侵略してくるかもしれない。明日と言わずとも、数日後かも、数週間後かも。…………未来がどうなるか分からない恐怖の中で、私は貴方のそばにいたい」

 僕は言葉を失い、ただ彼女の言葉を聞いた。 

 熱のこもった声に僕の鼓動の音は隠せないほど大きくなっていた。胸の奥が熱くなり、瞬きをも忘れる。

「もう今の私にはヴィナス様のそばにいる権限がありません。ただ、騎士団長としてヴィナス様の近くにいられるのなら、私は喜んでその道を進みます。……それが本音です」

 …………再び僕の世界がモノクロから鮮やかさを取り戻しく。

 エルヴィが僕の世界を変えていくのだ。

「エルヴィ、僕は……」

 何か言わなければと思うが、何も言葉が出てこない。胸が高鳴るのと同時に、罪悪感のようなものにも襲われる。

 今、僕が想いを口にしたところで、更にエルヴィを苦しめるだけだ。婚約破棄を自らしたのだ。僕に愛を語る権利などない。

「分かっています」

「え?」

「ヴィナス様が犠牲にしているものは分かっているつもりです」

 エルヴィの落ち着いた様子に僕の思考は止まる。

「今日、屋敷を出る前に兄に言われたんです。『ヴィナスは一番大切なものを守るために最も大切な契約を犠牲にした』って」

 レグネルめ、エルヴィにそんなこと言ったのか。

 全く、と僕は心の中で小さくため息をついた。

「何があったのか詳しく分かりませんが、ヴィナス様にお考えがあっての決断でしょう?」

「……そうだな」

 僕はふっと小さく口角を上げた。 

 エルヴィの頭がお花畑でなくて良かった。彼女は、先を見通す聡明さと知性、恐怖に打ち勝つ強さと勇気、そして、抗いようもなく惹かれる感性を持っている。

 そんな彼女に僕は心底惚れている。

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