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それからのことはあまり覚えていない。
起きた時は自分の部屋にいた。レグネル曰く、戦いで気を失った私をヴィナスが運んでくれたそうだ。
……無事に家に戻ってこれたということは、ゴッカドルスに勝ったのだと思う。
私は自室を出て、一回の大きな部屋で庭をぼんやりと眺めながら、ソファでくつろいでいた。
先日のゴッカドルスとの戦いについて考える。
なんだかずっと落ち着かない。あの後どうなったのか知りたいけれど、外出する気力もない。
…………夢だったのかも。
「エル」
レグネルに名を呼ばれて、私は彼の方を振り向いた。
彼は私を見るなり柔らかく笑みを浮かべて「調子は?」と聞く。
「それなりに元気です」
そう答えながら、私はまた庭へと視線を戻す。
疲労はまだ残っているような気がするけれど、心は元気だ。……ただ、ずっと上の空なだけ。
あまりにも非日常的な体験をしたから、まだ脳が追い付いていないだけかも。
レグネルは黙って私の隣にあるソファに腰を下ろす。
……そういえば、レグネルとリーシャの二人を置いて出て行ってしまったけれど、あの後二人でなんの会話をしていたのだろう。
「こうしてエルがゆっくりしているのを久しぶりに見た気がする」
……確かに。
ずっと己の人生を全力疾走で駆け抜けてきた。ソファでぼんやりとしているのなんて、いつぶりだろう。
レグネルは私が何も返答しなくても、一人で話し始めた。
「魔物にとって損害を受けた街では、人々が一丸となって復興しているそうだ。……エルが守ったんだ」
静かに私の耳に響くその言葉に私は少し置いて、ゆっくりと口を開いた。
「全く覚えていなんです」
「……全てを知っている人物に聞きに行けばいい」
「カイル団長ですか?」
私がそう言うと、レグネルは黙った。
きっと、レグネルはヴィナスのことを言っている。……けど、今の私はどういう立場でヴィナスと会えるっていうのよ。
私は地面に落ちていく木の葉を見つめながら、レグネルに話しかけた。
「…………ねぇ、お兄様」
「なんだ?」
「私はもうヴィナス様の婚約者になれないのでしょうか」
無意識にそんな言葉が口から出ていた。
ヴィナスの婚約者に戻りたいと思うなんて、少し前の私は考えもしなかった。むしろ、婚約なんてしたくなかったんだもの。
けれど、今振り返ると、ヴィナスと婚約していた期間を愛おしく思う。
婚約者に戻りたいと懇願したりはしない。婚約破棄はしっかりと受け入れた。
ただ、これはレグネルにだけ吐露する私の弱くて脆い部分だ。慰めてもらいたいわけでも、どうにかしほしいわけでもない。
私の小さな傷ついた想いを誰かに言いたかった。




