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私は勇者になるはずだった  作者: 大木戸いずみ


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「エルヴィ」

「なんでしょう?」 

 低い声で私の名を呼ぶヴィナスに私は彼と目を合わす。

「君があいつの魔力を弱めてくれたおかげで、僕は魔法をかけることができた。助かった。……ありがとう、エルヴィ」

 真剣な表情でそう言うヴィナスに少し調子が狂う。

 甘い表情から冷たい態度に変わり、今では真面目に感謝を伝えられている。

 ……ヴィナスを振り回してやる! って気持ちだったのに、結局振り回されているの私よね?

「お礼を言うのはこちらの方です。ヴィナス様がゴッカドルスの翼を燃やしてくれたおかげで、勝算が見えてきたのです」

 とは言いつつも、この作戦は一か八か。失敗すれば次はない。成功しか道はないのよ。

「では、私はゴッカドルスがいる建物の近くの屋根へと移ります。どうかお気をつけて、ヴィナス様」

「エルヴィも。……そういえば、そのブレスレットはどうしたんだい?」

 私と別れる前にヴィナスは私の手首へと視線を向けた。

「リーシャから頂いたんです。グラファン家の」

「へぇ」

 私の返答にヴィナスは物珍しそうにじっとブレスレット見つめた。私は彼の様子に少し首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「……良い魔法だ。ずっとつけているといい」

 ヴィナスはそれだけ言うと、「じゃあね、エルヴィ」と言って私を送り出した。

 どこかで「僕のエルヴィ」と呼んでくれることを期待していた自分がいた。本当に「元」婚約者になったのだと、こんなところで実感してしまう。

 あ~あ、ヴィナスの馬鹿。

 私は隣の屋根へと飛び移りながら、少し感傷的になる。

 次々と建物を越えて、ゴッカドルスが入り込んだ崩壊した建物の隣で走っている足を止めた。私は剣を両手に持って、一度深呼吸をする。

 心を平穏に保ち、ゆっくりと口を開いた。

『名を持たぬ剣よ。眠りを終えて、我が想いに応えよ』

 これはただの魔法ではない。私と剣との契約だ。

 私の周りだけ空気が重くなり、魔法言語が黒く剣身に刻み込まれていく。ここからが正念場だ。剣の上で魔法言語を刻むことにだけ集中する。

 己の魔力を剣に落とし込むだけの作業だが、少しでも剣身に刻まれる魔法言語がずれてしまえば、剣は灰となり消え去る。

 剣に片手をかざして、意識の全てをここに集める。

 こんなにも神経を研ぎ澄ます魔法は他にないと思っている。

 ……ヴィナスに魔剣を作れるなんて豪語したけど、成功したのはたったの一度だけなのよね。ふふッ。

 私は自嘲気味に笑みを浮かべつつも、己を鼓舞した。

 やるっきゃないのよ、エルヴィ。もう後には退けない。

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